新型コロナ: 「新型コロナはただの風邪」ではない

■西浦氏の40万人死亡予測
西浦博氏が「新型コロナウイルスの流行対策を何もしないと、国内での重篤患者数が約85万人に上るとの試算…重篤患者のうちほぼ半数の40万人以上が死亡すると予測」(毎日新聞)したことに対して、実際に死者数がそこまで増えなかったことを理由に“嘘つき”だなんだと批判している人たちがいて驚きます。この予測には「対策を何もしない」という条件があるのであって、実際に死者数が増えなかったのは自粛などの対策をしたためであるのは言うまでもありません。その条件を無視して、西浦氏が予測を外したと批判している人たちは一人残らず信用に値しないと考えて問題ありません。

■感染者数と死者数
新型コロナ: 「インフルエンザでも人は死ぬ」との比較」(移行後)では、感染の発端となった武漢でのデータをもとにざっくり致死率2%と計算し「インフルエンザのように1000万人が感染したら致死率2%としても20万人が死亡します」と書いたわけですが、西浦氏の数字は感染が集団免疫の割合まで広がる(ただし半数は医療によって救命できる)と想定されていた程度で、根拠が大きく違うわけではありません。

では、実際の致死率がどうだったのかを期間を区切ってみてみると、以下のようになります。

年代 10歳未満 10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代以上 全体
第1波(~2020/6/24) 0.00% 0.00% 0.03% 0.15% 0.51% 1.13% 5.06% 14.88% 29.80% 5.42%
第2~4波(2020/6/25~2021/6/30) 0.00% 0.00% 0.00% 0.02% 0.09% 0.29% 1.41% 5.10% 14.07% 1.60%
第5波(2021/7/1~9/1) 0.00% 0.00% 0.00% 0.01% 0.03% 0.11% 0.49% 1.59% 5.38% 0.16%

初期の致死率が高いのは高齢者の割合が高かったせいもありますが、年代別でも致死率が下がっています。今なお、新型コロナに対する治療薬はありませんが、それでも初期に比べれば対症療法が確立したということはあるのでしょう。実は、第2、3、4波を個別にも比較してみたのですが、この期間はあまり大きな変動はありませんでした。日本にとって初期に早めに強く自粛したことで感染者数を抑え込めたのは幸運だったと言えます。この初期の数字が武漢より悪いのは、もともと高齢者の割合が大きい(日本は65歳以上が28.4%)からかもしれません。あるいは武漢では感染者を追跡し切れておらず感染者数が過小だった可能性もあります。抗体検査の結果から確認された件数の10倍もの感染者数がいた可能性があるという報道もありました。

もし、対処の確定しない初期に感染が広がっていたら、計算上は750万人程度(日本人口の6%)が感染するだけで40万人が死亡していたことになります。ワクチン接種が進み、ようやくペースは落ちてきましたが、これまでの累計感染者数は155万人ほどです。ダイヤモンド・プリンセス号では、わずか16日間で乗員・乗客の17%が感染していました。また、社員の半数が感染したというオフィスもありました。「対策を何もしなければ」感染が人口の何割かまで広がったことでしょう。たとえ、致死率が1.6%に抑えられたとしても2500万人(人口の20%)まで感染すれば40万人が死亡することになります。デルタ株の感染力は水疱瘡並(つまり基本再生産数が5以上)と言われていますから、ワクチンなしで集団免疫まで感染が進んでいたら人口の80%以上にまで感染が広がっていたかもしれません。「私のブログの影響で当時の感染者数が少なくなった」と言われることは誇らしい評価でしかありません。

第5波で急激に致死率が下がったのは、もちろんワクチンの効果です。とくに致死率の高い高齢者に対する優先接種により、かつてないほど感染が広がっているにも関わらず1日あたりの死者数は第4波以前ほどには増えていません。ただし、重症者数は過去最多を更新しています。デルタ株の感染力に対して、人々の自粛は不足していたため新規感染者数が大きく増えることになりました。医療の限界を超え、自宅療養という通常でない状況を脱するためには、今しばらく自粛を続けなければなりません

■「新型コロナはただの風邪」ではない
新しい生活様式などの自粛によって、昨冬はインフルエンザが流行期を迎えることはありませんでした。報告されたインフルエンザ感染者数は、過去に比べて3桁近くも少なくなっています。それほどの自粛をしてもなお、新型コロナは感染者が増え続けるほどやっかいな感染症だということです。致死率が高いだけでなく、抑え込みにくいのです。また、第5波でワクチン接種が進むまでなかなか感染を抑え込めなかったのは、間違いなくデルタ株の基本再生産数が高いためです。

なお、当時は重症化して人工呼吸器を装着するようなことになれば後遺症の心配が生じると書いたことにさえ文句を言われたものですが、実のところ重症化しなくても後遺症に悩まされている人が多くいます。COVID-19有識者会議の報告には、軽症の人を含む退院者の76%がコロナ後遺症(14日間を越えて遷延する症状)が認められているそうです。コロナ後遺症は、英語で"long covid"と呼ばれており、よくある症状と認められています。

もはや、誰一人「新型コロナはただの風邪」と言っているまともな識者はいません。かつてそう言っていた人も、重症化率や致死率の状況を目の当たりにして「ただの風邪」とは言わなくなり、「新型コロナで死んだり後遺症に苦しむ人がいることを許容してでも積極的に経済を動かせ」に変化しています。そういうしかありませんからね。個人的にそのように主張することは自由ですが、60歳以上の高齢者が有権者の4割以上を占める日本で多数の支持を得られることはありません

■インドとデルタ株
インド由来のデルタ株ですが、そのインドでの新規感染者数は、このところはあまり多くありません。決して絶対数が少ないわけではありませんが、人口比では日本よりも少ないくらいです。インドは初期には感染者が少なかったため、当時のBCG仮説を支持する理由にされていたこともあります。その後、感染は拡大し、とくにデルタ株によって酷い状況に陥ったため、BCG仮説はあえなく塵となりました

私はインドの感染者数や死者数が(人口に比べて)少ないのは、高齢者率が低いからだろうと推測していました。高齢者の方が致死率が高いだけでなく、感染させやすいと言われており、インドでは65歳以上が6.6%、70歳以上は3.8%しかいません(日本は、それぞれ28.4%と21.8%)。しかし、そうではなかったようです。テレビ朝日の報道によれば、ワクチン接種率が1割の時点で抗体保有者が7割にも及んでいたそうです。インドで報告された感染者数は人口の2.4%程度ですが、実際の感染者数は比べ物にならないくらい多かったということです。そして致死率が低いわけでもなく、その報道によれば超過死亡は340~490万人に及ぶ可能性が高いそうです。高齢者率が日本よりずっと低いのに、です。インドでは、ただ検査されていなかっただけなのです。

■出口戦略
かねて「出口はワクチン」と言ってきましたが、実際に有効なワクチンが登場したことで、とりあえず出口に向かっているように見えます。デルタ株や、今後の新たな変異株を恐れないわけではありませんし、昨冬を思い起こせば気温や湿度が下がる冬には、ふたたび感染力が強まっていく可能性もあります。ワクチンの接種が進み、十分な抑制効果や重症化の抑止効果があることを期待します。