「新聞協会の調査を嗤うネット住民」という構図

新聞協会の調査と批判について

91・3%が「新聞読む」 日本新聞協会調査」(47NEWS)などで報じられている日本新聞協会の調査報告について、J-CAST のように疑問の声を上げている人がいる。ジャーナリストの江川紹子さんは twitter で次のように書いている。

日本新聞協会の調査で、新聞を読んでいる人は91.3%で「新聞は人々の生活に欠かせない基幹メディアであることが改めて確認された」と。う〜ん、この数字、実感よりも高めに出ているような気がするんだけど…ということで、元のデータを当たってみた。そうしたら…(続く)
http://twitter.com/amneris84/status/15674072312

新聞協会の調査に応じた回答者の構成を見てみる。年代では50歳代が21.6%だが、直近の国勢調査によれば14.9%。住まいは79.9%が持ち家(マンション含む)だが、平成20年の住宅・土地統計調査だと61.1%。つまり、中高年、持ち家に住む人が多くした調査ということ。それなら分かる
http://twitter.com/amneris84/status/15674706615

こういう回答者の構成の調査で、「安定して高い接触を誇る新聞とテレビ」なんて総括をしちゃっていいのかなあ。地方でも新聞は購読者が減っている、と聞くんだけど。
http://twitter.com/amneris84/status/15674950203

数字を示されると、つい「なるほど」とか思っちゃうんだけど、その数字が導き出される課程を検証してみると、今回のように必ずしも実態を反映していないこともある。報道でも議論でも、数字が出ているからといって、思考停止することなかれ、と改めて肝に銘じる
http://twitter.com/amneris84/status/15675182272

これらのツイートが何十人にもリツイートされているのだが、それは「国勢調査と比較すると、調査対象が偏っている」ということを知らしめたいからであろう。しかし、ここで「数字が出ているからといって、思考停止することなかれ」という“教え”にしたがって思考を進めてみると、この指摘がおかしいことがわかる。

標本は偏っているのか?

平成17年国勢調査」では、人口分布は次のようになっている。

年齢 人口 比率
0〜4 5,578,087 4.38%
5〜9 5,928,495 4.66%
10〜14 6,014,652 4.73%
15〜19 6,568,380 5.16%
20〜24 7,350,598 5.77%
25〜29 8,280,049 6.51%
30〜34 9,754,857 7.66%
35〜39 8,735,781 6.86%
40〜44 8,080,596 6.35%
45〜49 7,725,861 6.07%
50〜54 8,796,499 6.91%
55〜59 10,255,164 8.06%
60〜64 8,544,629 6.71%
65〜69 7,432,610 5.84%
70〜74 6,637,497 5.21%
75〜79 5,262,801 4.13%
80〜84 3,412,393 2.68%
85〜89 1,849,260 1.45%
90〜94 840,870 0.66%
95〜99 211,221 0.17%
100〜104 23,873 0.02%
105〜109 1,458 0.00%
110〜114 22 0.00%
総数 127,285,653 100.00%

江川さんは「50歳代の人口比率は14.97%しかいないのに、調査対象の50歳代が21.6%もいるのはおかしい」と指摘するのだが、新聞協会の調査資料を見れば、元々調査対象が「15〜69歳」に限定されていることがわかる。この年齢層の人口は次のようになる。

年齢 人口 比率
15〜19 6,568,380 7.18%
20〜29 15,630,647 17.08%
30〜39 18,490,638 20.20%
40〜49 15,806,457 17.27%
50〜59 19,051,663 20.82%
60〜69 15,977,239 17.46%
総数 91,525,024 100.00%

50歳代が「調査対象の20.82%」いるのだから、新聞協会の調査で21.6%であっても特に問題はない。子供やお年寄りをこうした調査から外すことは、ごく一般的に行われていることであり(赤ん坊が新聞を読まない、と指摘したところで何の意味もない)、恣意的に偏りを持たせた標本という指摘はあたらない。

平成20年の住宅・土地統計調査」についても言及しておこう。61.1%というのは、おそらく統計調査の「住宅の規模」(表番号=7)から、全国の世帯数(49,598,300)に対する持ち家(30,316,100)の比率だろう。しかし、これもおかしい。「持ち家に住む夫婦2人」「借家に住む独り者」を考えてみると、世帯数比率は1:1だが、人の比率は2:1になる。さらなる詳細は調べていないが、持ち家の方が世帯人数が多いことは容易に想像でき、この調査はあくまで人ベースで行われているのだから、世帯数での比較より人口での比較で持ち家率が高くなったとしても、なんら不思議はないのである。

そもそも報告書の4ページ目を見れば、「母集団の構成・標本の構成」としてわざわざ年齢層や地域ごとの母集団の総数(人口)を上げていて、その比率に合わせて調査対象が選ばれているものだということがわかるはずだ。標本抽出が「住民基本台帳からの層化2段無作為抽出」となっているが、これは単純な無作為抽出(ランダム)にすると、地域性や年齢構成が偏ってしまうかもしれないので、それを避けるためにあらかじめ地域や年齢層で偏りが生じないようにする基本的な手法である。この調査を見て、「対象者の選び方に偏りがある」と言ってしまうということは、「統計調査のことを何も知りません」と言っているようなもので、ジャーナリストとしてはちょっと恥ずかしい。

公正な調査とは

インターネットのような便利なものがある時代に、わざわざ住民基本台帳から無作為抽出して標本を選んでいるかというと(おそらく数千万円というコストがかかっているはずだ)、「インターネットを使っている人」や「アンケートに答えたい人」という偏りを排除するために他ならない。アンケートの有効回収率が61.4%であることを“少ない”という人はいるかもしれないが、アンケートに答える意思に関係なく調査しようというのだから、世間の関心を集めるものでなければ、極端に高い数字になることはめったにない。「層化2段無作為抽出 site:go.jp」で検索してみればわかるように、政府が行っている調査ですら、7割程度の回収率がいいところなのである。

オリジナルの質問票が公開されていないという面はあるものの、“自分の感覚”だけでこの調査結果を嗤うことは、「Webアンケートでは、インターネット使用率は100%だからね」と嗤われることにもなりかねない。それどころか、この調査を信用できないものと言ってしまうと、政府調査のような大がかりな調査もすべて信用できないものになるだろう(もっとも、“ネット住民”ってまともな調査資料を見ようとしない印象はあるけれどね)。少なくとも、これに反論できる“信用できる調査資料”を見つけだすことは、相当困難ではないかと思う。

余談

購読者比率が下がっていないからといって、以前と同じ広告効果が見込めるということにはならない。不景気で可処分所得が少なくなっていれば、同じ広告を見ても以前と同じように「買おう」「使おう」という意欲を引き出せるわけではないだろう。テレビも同じで、必ずしもテレビの世帯視聴率が激減しているわけではないが、だからといって以前と同じ広告効果が期待できるわけでも、以前と同じ広告費を出してもらえるわけではないだろう。このエントリは、あくまで調査資料の読み方を指摘しているだけで、新聞広告に以前と変わらない効果があると言っているわけではない。

調査資料を読めば、一番読まれているのは「テレビ・ラジオ欄」であり、「政治」に関する記事を読むのは6割以下といったこともわかる。あまりうがった見方をせず読み込んでみれば、色々興味深い情報もあるのではないだろうか。