「夏へのトンネル、さよならの出口」について

実のところ、今年の劇場アニメは不作感が強く、「まあまあ予想通り」くらいが上限で、期待外れだったものがけっこうあります。一応、来月には「すずめの戸締まり」という世間的な超本命はあるのですが、キャラデザがさほど好みではなく、もしストーリーが「天気の子」程度だとすると個人的には微妙です。なんだか“ポスト・ジブリ”っぽさを感じる予告編も不安しかありません。不安を裏切ってくれるといいのですが。

閑話休題

夏へのトンネル、さよならの出口」(略称「夏トン」)は、原作を知らず、キービジュアルに惹かれたという理由だけで前売券を4枚買いました。というか3枚買って、1枚は布教用に人にあげたのですが、その後、第2弾が出たので買い足しました。予告編を見たときに設定がファンタジーだと知り、ちょっと不安を感じましたが、先行上映に参加した鑑賞した印象はとてもよいものでした。先行上映/試写会を含めて7回見ました。とりあえず、現時点では「今年のベストアニメ」です。

上映館は少なくなっていますが、新たに上映が始まるところもあるようですし、オススメポイントを挙げておきます。あと、原作との違いについても触れておきます。(こちらは【ネタバレ注意】)

■オススメポイント

・ストーリーに勢いがある
とくに名前は挙げませんが、キレイな映像、素晴らしい音楽、盤石の声優陣という組み合わせでもストーリーが微妙で“スタッフの無駄づかい”を感じる作品は少なくありません。本作は典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」作品だと思いますが、83分という上映時間で無駄なくストーリーが展開していきます。さすがは「ポンポさん」を生み出したCLAPです*1。それだけに“説明不足”を感じるところもありますし、それが気になる人もいるとは思います。あとから原作を読みましたが、ずいぶん改変されていました(後述)。原作の方が細かく配慮されていると思いますが、原作通りに映像化されたら、おそらくここまでの評価にはならなかったでしょう。

・絵がキレイ
「ポンポさん」もよかったのですが、本作も丁寧に作られています。アニメとしての動き、背景、(スタッフトークで聞いた)リムライトという表現など、作り込まれているのがよく分かります。個人的には口元の描写が気になっていますが、細かいことです。*2

・キャラデザがよい
前述した通り、キービジュアルに惹かれたのが最初でしたが、あんずのキャラデザは“どストライク”です。

・音楽がよい
eillさんのテーマ曲、富貴晴美さんの音楽、ともに映像に合っていて、よいです。

・上映時間が短い(83分)
子供もそうかもしれませんが、年を取ると長い映画がツラくなるんですよ。「ポンポさん」は“90分”をいい長さとしてアピールしていますが(エンドロール込みで94分あります)、本作は83分と短めです。ほとんど寄り道をしていないだけで内容が薄いわけではありません。入場者特典目当てで何回も見た「映画 五等分の花嫁」は2時間以上ありましたし、「映画 ゆるキャン△」も2時間でした。これらも良作ではありますが、けっこうキツかったです。

 






以下、ネタバレします。




■劇場アニメと原作
初見から好印象でしたが、説明不足や気になる点はありました
そもそも、あれは“トンネル”なのでしょうか。線路を歩いて鉄道用のトンネルまできて、ああ、ここがそのトンネルなのかと思ったら、そこから転げ落ちて別のトンネルにたどりつきます。でも、これ、普通に見たら“洞窟”であって人工建造物である“トンネル”には見えません。

なにか伏線になっているのかと思いましたが、そういうわけではないようです。原作にはそういう描写はなく、コミカライズでもただのトンネルです。

アニメでは、トンネルの前が水たまりになっていて、それが中まで続いています。そんなところに、そんなにアッサリ入っていくでしょうか。ウラシマトンネルの噂が気になってどうしようもなかったカオルは興味が勝ったと解釈できますが、それを知らないあんずまでカオルを追いかけるために靴をずぶ濡れにして入るのはどうかと思います。それに、何回も実験するというなら、あるいは本格的に奥まで進むというなら、長靴とかレインブーツとかそれなりの装備を用意してほしいものです。
アニメでは“欲しいもの出会える条件”が時間なのか距離なのかを実験していませんでしたが、カオルもあんずも“思わぬもの”を手に入れるまでにほんの数分しかかかっていません。夏休みがあるのだから、もう少し調べてもよかったと思います。それに、あんなに平坦だったら自転車のような“道具”を使って、もっと先まで進むことくらい考えてもよいでしょう。ただし、原作では(コミカライズも)水たまりの描写はないですし、洞窟の中は平坦ではありません
時間差が生じる地点を調べるために携帯を使っていたのも不自然です。トンネル(洞窟)の中なんて携帯は通じません。携帯で会話しながら切れたことで判断していましたが、普通なら「ここで電波が届かなくなったかな」と思うだけです。この他にもアニメでは携帯やメールがさまざまな場面で効果的に使われていますが、原作では、この実験を含めて携帯は使われていません。時代設定がFOMA終了前なんだろうな、とか色々考えていたのですが、あのあたりのやりとりはすべてアニメのオリジナルです。「ちょっとエッチだよね」すらありません。これは驚きでした。
カオルの父親は、カオルの命に代えてでもカレンを生き返らせろと詰め寄っています。息子より娘の方がそんなに大事だったのかと男女差別(?)を感じてしまうところですが、原作ではカオルは母親と浮気相手の子供でありカオルと父親は血がつながっていません。また、カレンが死んだのは、カオルが出かけている間ではなく、一緒に虫取りをしているときです。父親が、あれほどカオルに冷たいクソオヤジなのも理由があるわけです。このあたりの要素は、少し残しておいてほしかったところです。
アニメでは、あんずは一人暮らししていますが、原作では叔母と住んでいます。いくら気に入らないことをしているからって「娘の一人暮らし」なんて親が許しそうな気はしなかったのですが、そうではありませんでした。
トンネルの奥に向かうカオルは意外に軽装ですが、原作によれば、それはあんずの提案でカロリーメイト4箱+2.5Lの水筒と具体的に書かれていました。でも、これだと1日分にも足らないですよね。アニメでは「千年先」みたいな表現も出てきますが、それだと数カ月くらいこもる前提になります。
他にも8月2日はカレンの誕生日ではなく、あんずが投稿したマンガ誌の発売翌日だし、お祭りには2人だけで出かけたわけではないし、カレンと見つけた穴場の話もありません。カオルが自宅にあんずを連れ込んだことはなく、あんずは川崎からカオルの住所を聞き出しています。カオルは警察沙汰にならないよう家出を示すための書置きを残します。
原作がそれなりにリアルに配慮した設定になっているのに対し、アニメはいくらかリアルを切り捨てているように感じます。脚本も田口監督ですから、このあたりは監督の意向なのでしょう。小説やマンガが映像化されるときは、ともするとリアリティを重視して現実味のある設定が盛り込まれることがあるように感じていますが、この切り捨て方はすごいと思います。おかげで、全編を通じて爽快な「ボーイ・ミーツ・ガール」を体験できます

2022.10.11追記。
もちろん切り捨てているだけではありません。前述の通り、原作では使われていない携帯でのやりとりは効果的に使われていますし、駅のホームでのやりとり、ビニール傘とひまわり、大泣きするあんずという本作の要となるシーケンスも、すべてアニメ独自のものです。主題歌(フィナーレ。)にも使われた「味気ない」というカオルをあらわす表現もそうです。

*1:2022.10.11追記。細かいことですが“生み出した”のはマンガ原作の杉谷庄吾氏ですね。劇場アニメを制作したのがCLAPです。

*2:本作はプレスコ(あらかじめセリフを収録してからアニメを合わせる)で制作されているそうで、喋りに合わせて口元がよく動きます。かつて「ディズニーのような大人の鑑賞を想定した本格的なアニメはちゃんと喋りに合わせて口元を動かしているのに、日本のアニメは口元がパクパクするだけだから二流扱いされる」と評した人がいましたが、しっかり動きます。しかし、どうにも違和感があります。もともと日本人(日本語)って、そんなに口元が大きな動きをしないですよね。たんに慣れない表現というだけかもしれません。