音楽業界はストリーミングを嫌っているか
Utada Hikaru Official YouTube Channel
宇多田ヒカルが YouTube に公式サイトを解説し、プロモーションビデオをフルコーラスで配信しはじめたことが話題になった。以前から AVEX も公式チャンネル を持っているようだし、フルコーラスでないものなら色々配信しているようだ。音楽は原盤権があって色々調整が大変な場合もあるだろうけど、宇多田ヒカルの場合はおそらく“本人の意向”が重視されるほどの存在であるだろうことがうかがわれる。
MySpace Music
…(略)…「欧米ってNapsterみたいなのはやらせてるのになぁ…。でも日本は逆にやらせてない不思議なバランスw
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というコメントが付いた。Napster は低額性で聴き放題を実現するサービスとして日本でもサービスを展開していた。残念ながら今年の5月に、Napster 自身のリニューアルにともなって(ユーザーの少ない)日本から撤退したのである。Napster には邦楽が少なかったという面はあるのだが、これは日本のレコード会社がストリーミングを嫌っているからだろうか。
また、米MySpaceは、一昨年「MySpace Music」というサービスを開始した*1。これは、会員どうしが楽曲*2をストリーミングできるもので、大いに人気を得たサービスだ。これは「アメリカだからできるサービス」かといえば、そういう面もなくはないのだが*3、これはアメリカのレコード会社がストリーミングに積極的だからだろうか。
「音楽系スタートアップをめぐる残念な現状」という記事によれば、
同サービスは1週間に10億曲のストリーミングを行っている。これはつまり1週間に200万ドル以上を音楽レーベルに支払っているということになる
とあるから、1曲当たり0.2セントが支払われていることになる。曲単価としては安いものだが、1週間に200万ドルということは、年間1億ドル(円高の現在でも80億円相当)の収入になるわけで小さな額ではない。MySpace Music の費用は広告収入では負担しきれなかったようで、今年の3月頃にフルコーラスで配信する機能はなくなったようだが、音楽業界(4大レーベル)側は、これを受け入れていたのである。
一方、日本レコード協会による「2009年の有料音楽配信売上実績」によれば、ほぼ Napster のものであろうと思われるサブスクリプション形式の売上実績は11億円だ(インターネットとモバイルの合計)。日本から撤退したのは Napster 側の事情であり、音楽業界からサービスを止めろと言われたわけではない。だが、携帯向けの音楽配信規模が800億円近くあり、そこでは邦楽が成功していることを思うと、わざわざ Napster に配信させる必要性が感じられなくてもしかたがないのではないだろうか*4。
要するにレコード業界は、「ストリーミングを嫌っている」というより「お金にならないことを嫌っている」だけで、お金になるなら積極的な姿勢を見せるのではないか。Napster や iTunes に提供されていない楽曲でも着うたに出ているものは多い。新たなビジネスも、“まとまったお金”を具体的に見せれば音楽業界だって拒否するばかりではないように思われる。ただ、着うた以上に魅力的な市場を築くことが難しいのだ。
宣伝場所だけでは商売にならない
「ネットを活用すれば宣伝になる」「P2Pのファイル共有も宣伝になる」など、たいした根拠もなく「…は宣伝になる」と言いたがる人は多いのだが、ネットでの不正なコンテンツ流通が問題視されるようになってから久しいにもかかわらず、「ネットに流れてよかったね」という認知はされていない。せいぜい「すでに有名な人がネットでの自由利用を認めて称賛されている程度」なのが関の山ではないだろうか。まあ、そういうと「やわらか戦車」とかボーカロイド楽曲を持ち出す人が出てくる気はするのだが、そういう発言は世の中のコンテンツは家内制手工業的に制作されるもので十分だという人だけに任せておけばよいのだし、だとしたらメジャーレーベルのコンテンツを“わざわざ”流通させてインディーズコンテンツの普及を“阻害”する必要もない。実際、Jamendo とは言わなくても、日本にも無料でインディーズ音楽を配信するサイトはあるのだが*5、無料配信がヒットを生む、無料配信しなければヒットしないという“因果関係”を導くことはできそうにない。まあ、普通は「宣伝しとくから、無料で仕事を引き受けてよ」と言われても、誰も洟もひっかけられないだろう。
もちろん、テレビコマーシャルだって、グルーポンだって、“宣伝効果が約束されている”わけではない。お金をかけたのに、それに見合う収益につながらなかったという事例はいくらでもあるだろう。だが、“お金を出しもしない誰か”に、宣伝になるからといってホイホイついていってもらえるほど世の中甘いものではないし、逆の立場で考えれば「世の中、そんなにうまい話はない」ことが、皆、常識として身についているのではないだろうか。