印税“率”という床屋談義
漫画onWeb
「「ブラよろ」無料公開の効果は 佐藤秀峰さん、赤裸々な数字明かす」で紹介されているとおり、漫画家の佐藤秀峰氏が運営する「漫画onWeb」の状況について、日記で詳細を答えている*1。以下、気になった部分を抜粋してみる。
- 今回の無料公開で、公開開始から本日までの約3週間の間にサイトを訪れた新規の閲覧者さんは、約40万人
- 読者登録をしてくださった方は、約3000人
- 無料公開以後の、ポイントの購入件数は1000数百件
- 売り上げの合計は3週間で90万円を超えたところ…今月の売り上げトータルでは100万円を超えるであろう、と予測
- 僕個人の売り上げとしては、今月は、24日現在で50万円を超えたところ
- 僕を除く出展者さんの売り上げはいくらかと言うと、正直に申し上げて、平均数千円に過ぎません
- 出展者さんの中は、システム利用料分のお金を、売り上げでカバーできない方もいらっしゃいます
- 「海猿 THE LAST MESSAGE」…今回から成功報酬というのがあるんですよ…今年の邦画ヒットナンバーワン確実らしいので、会社の経営はずいぶん楽になりました-前回までは、映画化の際、200万円程の原作使用料をもらって、いくら映画がヒットしてもそれっきりだった
- 「新ブラックジャックによろしく」は、今月はここまでで1話あたり平均500個売れています…通常の月の数倍が売れています
- 僕は成功するまでやめないので、結果的には成功するに決まってると思っています
漫画onWebは、佐藤氏の思いを実践しているサイトであろうから、その“熱い思い”は尊重しつつも、これを冷静に考えてみようと思う。
漫画onWebは出展者に対して「システム使用料」を課しているものの、「出展者への案内」で「売上げは100%出展者の皆様へお支払します*2」と書かれているとおり、(自称)印税率は100%である。だが、ほとんどの出展者が利用していると思われる DEBUT プランのシステム利用料は月額5250円であり、上記の「平均数千円」からすると、赤字の人がほとんどだろう。しかし、売上トータルが90万円を超え、佐藤氏の分が50万円を超えたところなら、残りは40万前後の売り上げがあるはずで、「平均数千円」というのであれば、少なくとも50人以上の漫画家が参加しるはずである*3。しかし、「出展者一覧」には、「漫画onWeb公式」と「佐藤秀峰のスタッフ」を除けば、佐藤氏を入れても16人しかいない。
では、いったい、どれくらいの出展者と作品があるのだろうと調べてみたところ、こんな感じであった。
漫画家 | 話数 | 無料版 | 有料版 |
---|---|---|---|
大沢智子 | 5 | 5 | 0 |
勝様 敬 | 2 | 0 | 2 |
スチームン・セガール | 9 | 8 | 1 |
三川晶子 | 16 | 16 | 0 |
川端真魚 | 7 | 4 | 3 |
桃吐マキル | 14 | 14 | 0 |
いたつば | 9 | 3 | 6 |
小林光昭 | 16 | 7 | 9 |
ガングリオンプロジェクト | 11 | 7 | 4 |
佐藤智美 | 15 | 1 | 14 |
K | 8 | 1 | 7 |
北里ナヲキ | 7 | 1 | 6 |
桃田百合若 | 8 | 5 | 3 |
杉本ニトロ | 72 | 21 | 61 |
一色登希彦 | 213 | 0 | 213 |
佐藤秀峰のスタッフ | 13 | 12 | 1 |
佐藤秀峰 | 370 | 262 | 108 |
合計 | 795 | 367 | 438 |
佐藤秀峰氏は「海猿」と「ブラックジャックによろしく」を無料化しているので、相対して有料版が少なくなっているが、佐藤氏と佐藤氏の奥さんである佐藤智美、杉本ニトロ、一色登希彦の4人で有料作品(話数)の9割を超えている*4。対価が話数に比例するわけではないだろうが*5、それを無視しても数万円くらいを10人程度で分け合っていることになるから*6、その人たちへの売上げが数千円(以下)ということなのであろう。であれば、システム利用料をカバーできない人たちがいるというより、中にはカバーできる人がいるくらいなのではないか。
この人たちは“お金のために”やっているのではないのだろうけれど、通常、著作者と出版社という関係で「著作者がコストを負担する」ことはない*7。ぶっちゃけ、負担するコストを考えたら印税率は100%どころかマイナスであると言ってもよい。週刊誌などに掲載される漫画でも「漫画家が貰う原稿料は安くて、アシスタント代を払うと赤字になる」という話は聞くけれど、それは「人気が出て単行本になれば元が取れる」という後があるから成り立っているとも言える。映画の成功報酬でようやく支えられそうだという漫画onWebの「成功」とはなんだろうか。
印税率の基準は何?
日本で「印税が10%」というと、通常は書籍の定価に対する比率を指す。いや、私は10%も貰ってないとか、僕は5%だとか書いている人がいるので色々なのだろうけれど、浅倉卓司さんの「米国の書籍の値段やエージェントについて」というエントリに引用されている内容によれば、アメリカでは卸値ベースで印税が計算されたり、エージェントがマージンを取るので「著者印税は基本的に8.5%ということ」とある。まあ、書籍の再販制度がないから卸値ベースになるのは当然だろうし、日本でも電子書籍については卸値を基準にしたいという話があったりするようだが*8、10%という数値が“極端に低い”わけではなさそうだ。そもそも昔は“検印”という仕組みがあって、書籍には著者が印を押した紙を貼って売りに出していたわけだが(だから部数のゴマカシはできなかった)、今はそうした仕組みもない。出版社が部数を水増ししていたとしても、著者が知るすべはあまりない。それくらい信頼関係が必要な間柄である(本来は)。
だいたい、amazon や Kindle が70%の“印税”を払うといっても、彼らは受け取ったものを売るだけで、小売り(あるいは流通)に過ぎない。それは普通、印税ではなく卸値(仕入れ値)と言うのではないか。彼らは編集や装丁や図版の作成や校正や宣伝といった、出版社が負担してくれる作業を請け負ってくれるわけではない。それに、そうした作業が要らないなら何も出版社を通じて出す必要はない。村上福之さんの「Androidでガラパゴスじゃない電子書籍を作ってみました」というエントリが話題になったが、自作すればよいのだ。今なら、PDF くらいはすぐに生成できるだろうし、アプリケーションにして自分で App Store に申請してもよい。それこそコミックなら、漫画onWebに依頼してもよいし、電子出版プラットフォームと称するサービスもある。書籍を自費出版する文芸社のように電子書籍の編集から配本(配信?)までを肩代わりしてくれるサービスがあるかどうかは知らないが*9、どうせ出版社を通じたらタダではやってくれないだろう。編集が必要なら、フリーの編集者を探せばよい。
印税“率”では生きてはいけない
印税率議論がおかしいと思うのは、人は“割合”では生きていけないということだ。漫画onWebの「印税率100%」がシステム利用料が0円だったとしても、収益が数千円では生活の糧にならない。レストランに行って「僕の収入の1%で食べさせてください」と言う人はいない。重要なのは金額としていくらになるかであって“率”ではない。であれば、著者は販売力や宣伝力があるところに集まるだろう。
それに、身のまわりにあるのが技術書ばかりだから余計にそう思うのかもしれないが、著者の中には本業の傍ら著作を行っているという人も多いのではないか。技術書を書くことは決して“割のいい”仕事ではないと思うが、それでも知名度や信頼など収入以外のメリットがある。それに対して、出版社で編集作業している人は、それが本業なのだから仕事に対する固定費用を支払ってあげなければかわいそうだ。それに、自費出版の編集費を「出来高払いでいいよ」と言ってくれるフリーの編集者がいたとしても*10、よほど懇意にしている知り合いでもなければ、そんな人に仕事を頼みたくなるだろうか。まあ、大手出版社の社員の給料が高いという話は聞くし、リストラなうの人の退職金の金額を聞いて驚いた方だけれど、それだけ人が集まり激しい競争があったわけで、今度ご相伴にあずからせてください最初からそっちで働けばいい話じゃないか。
出版契約書(おまけ)
以前も書いたとおり、出版社も編集者も色々ではあるだろうけれど、編集や装丁や図版の作成や校正や宣伝して有名になった著者から「もう仕事しません。権利は全部引き上げます」と言われたら、新たな著者が将来そうならないように、簡単に権利を引き上げられないような出版契約を結ぼうとするのではないだろうか。「そんな条件では契約しません」と突き放せるほどの著者ばかりでない気もするのだが。