「自炊の森」についての雑感

「自炊の森」の違法性

店内の漫画を「自炊」するレンタルスペースが仮オープン、裁断済み書籍を提供、ネット上は懸念の声多数」などで報じられているとおり、店内で漫画をスキャンして電子書籍化する「自炊の森」というレンタルスペースが仮オープンしたそうだ。来月には本格オープンするらしい。このようなサービス形態が登場する可能性については、「BOOKSCANについての雑感」に書いた。このときは、カラオケ法理が適用される可能性までは考慮していなかったが、(感覚的な問題を別にすれば)やはり合法とみなされる可能性は高いと思う。

レンタルレコードの時代に、店舗にレコードからテープへのダビング機器が設置されたことがある。借りたものを自分で複製するのはしかたがないとしても、店で複製させるのは酷いということで、著作権法第30条1項1号では、公衆用自動複製装置を使った複製は私的複製から除外された。ただし、公衆用の複製装置を使った複製を私的複製と認めないと、コンビニに置かれているコピー機で複製することも私的複製にならなくなる。それは困るので、「自動複製機器についての経過措置」としての附則(第5条の2)では「文書又は図画の複製に供するものを含まない」と除外している。つまり、「自炊の森」が貸し出す自動複製装置は、第30条1項1号の除外対象にならない。

一方、カラオケ法理は「著作物の管理性」「営業上の利益」があれば、利用者の行為の主体を管理者が行っていると評する考え方である。自炊の森では、著作物を店舗内で管理しているのだし、営業上の利益も上げていることになる。だから適用できるのかもしれない。ただ、そうするとレンタルレコードの時代に著作権法第30条1項1号を立法化したことが問題になると思う。「レンタルレコードとダビング装置の関係は当時の法律では違法でなかった」からこそ「私的複製から除外する法律が必要」だったという理屈のはずだ。「自炊の森」における「店舗内の漫画とスキャナ」の関係は「レンタルレコードとダビング装置」の関係を超えるとは思えない。第30条1項1号がなくても違法化できるのであれば立法する必要はなかったのだから、第30条1項1号の一種とみなせる「自炊の森」は、附則により「当分の間…含まない」と解するのが自然な解釈だと思う*1

「自炊の森」の公正性

先のエントリにも書いた通り、「自炊の森」のようなサービスが公正と言えるかは疑問だし*2、多くのはてブでも否定的な感想が多い。合法であることと公正であることは違う。「複製を前提に(市販されている)著作物を貸すビジネス」には公正だという印象がないのだが、実際には、日本にはレンタルCDがあり、借りたものを複製して返すということがビジネスとして認められている。

もともと、日本の著作権法は「公正」であることを判断基準にしていない。“公正”という条件以外で「自炊の森」を規制しようと、けっこう難しいと思う。コンビニのコピー機だけではない。たとえば、はてなブックマークプラスにおけるブックマークページのメール送信機能も、違法とされかねない。テレビやラジオの録画・録音を思えば、私的複製を「所有物」に限定するわけにもいかない。あるいは、「自炊の森」にカラオケ法理を適用しても、ユーザーが私的複製装置を持ち込む形態に変わったら対応できなくなる。つまり「断裁本の閲覧屋」と「スキャナの貸し出し屋」を隣同士で設置すれば解決してしまう*3

以前書いたとおり、違法な態様を明文で規定しようとすると、新たな技術や手段が登場したときに「公正なのに形式的に違法化してしまう」と「不公正なのに形式的に合法化してしまう」という両面が生じる。ところが現在議論されているのは前者の問題だけだ。権利者側が不満に思うのは当然だし、「自炊の森」を止めることはできない。だが、両方の側面で公正化しようとするなら、権利者側だって十分に歩み寄れるだろう。

出版社は動くのか

「自炊の森」が問題だとして、出版社は動くのだろうか。「大手出版社は版面には何の権利もないと明言している」に書いた通り、ブック検索和解案のときには大量の無許諾複製が行われているにもかかわらず、出版社は「版面に何の権利もない」といって動くことはなかった。フランスやドイツは国レベルで異議申し立てしていたのに。

これを機に出版社が版面権(著作隣接権)の必要性をあらためて訴える可能性はあるが、直接「自炊の森」に対して訴訟沙汰にする理由がない。なにしろ、かつては「何の権利もない」と明言したのだから、いまさら訴訟を起こそうとするのはおかしなことだ。もちろん、個々の著者(漫画家)には権利があるが、そのレベルで裁判を起こすほど時間とお金を費やそうとする人がいるかどうかは疑問である。つまり、何も起きない可能性は十分にありそうだ。そして、じわじわと漫画だけでなく新刊本などにもスキャンサービスが広がっていくのかもしれない。

ちなみに、補償金制度で対応することは無理だと思う。音楽は著作権管理団体があり包括契約や収益分配の仕組みがあるけれど、書籍にはないからだ。「自炊の森」のためにそうした仕組みを創立するのはコスト的に現実的ではないし、得られる補償金なんて微々たるものだろう。それに、それができるくらいならブック検索和解案が問題なくできることになる*4

それで、日本の著作権法のどこが新しいビジネスの登場を阻害しているというんだろうね。

*1:デジタル録画機の著作権料訴訟、支払い拒んだ東芝勝訴」などによれば、先日の「SARVH対東芝」の訴訟も条文をストレートに解釈した判断がなされたようだ。

*2:少なくとも、BOOKSCAN よりは問題は大きいだろう。

*3:パチンコの三店方式と同じ程度にはグレーだが。

*4:ブックオフの1億円はどこに行ったのだろうね。