iPadに関する雑感

iPhoneを振り返る

電子書籍 出版システム変える可能性」(産経新聞)あたりを見ていると、iPhoneが登場したときに盛り上がりを思い出す。そのiPhoneの現状はどうかというと、(現状というには少し古いが)「iPhone累計出荷台数3000万台突破」(ASCII、2009/8/10付)によれば世界では……より正確に言うならアメリカでは*1……よく売れているようだ。一方、日本はというと、「因縁iPhoneにリベンジ ドコモ期待の対抗馬「Xperia」」(ITmedia)には「アイフォーンは国内での販売台数が100万台を超えたと推計されて」いる程度のようだ(ソフトバンクiPhoneの出荷実績を公表していない)。

機種別に見ればiPhoneは(日本でも)成功したデバイスだと言える。まして海外製のスマートフォンで、ランキングに登場するものなどほとんどない中、ほんの数種類のバリエーションで100万台を出荷したというのは、相対的には少量多品種な日本の携帯の中でも多い方だろう。しかし、コンテンツベンダーにとって重要なのはプラットフォームである。激減していると伝えられる携帯電話ですら年間3000万台は出荷されているのだ(JEITA出荷実績より)。画面サイズやスペックに違いがあるとはいえ携帯電話向けのアプリは、App Store向けにアプリよりもはるかに市場が大きい。

もちろん、「携帯電話を買う人は電話が欲しいから買うのに対し、iPhoneを買う人は電話以外の機能を求めている」とは推察できるから、一概に台数だけで市場を比較するわけにもいかない。ただ、世界を目指すアプリは別としても、今日のコンテンツプラットフォームとして100万台というのは、それほど魅力的な数字とは言い難い。たとえば、ゲーム機でいえばXBOX360が128万台、PS3は500万台、Wiiは1015万台、PSPは1438万台、DSは3017万台出荷されているし(vgchartzより国内の出荷台数)。携帯電話ならdocomoiモードだけでも4875万契約あり(ドコモの発表資料)、パケホーダイも3年前に1000万契約を突破している(ドコモの発表資料)。もちろん、市場が大きければ、それだけ競争も激しくなるのだが。

“成功”の程度

携帯とパソコンだけですでに500億円近い市場規模があり、電子辞書やその他の電子書籍に類するコンテンツを含めれば1000億円規模とも言える電子書籍について、いまさら「元年」と言われてもピンと来ないのだが、KindleiPadのような「電子ブックデバイス」にとっては実質的な元年になるのだろう。Kindleは、すでに英語版を輸入している人もいるが、それは限定的なものだしし、本格的に日本語版を発売するのかもしれない。iPadは今月末には正式に日本で発売される。

ともあれ私は、Kindleが日本語版を出したとしても、その成功は、おそらくポメラ程度であり*2iPadの成功は、おそらくiPhone程度だと思っているのだが(いずれも国内の予想として)、それでもこうした電子ブックデバイスが連日ニュースとして取り上げられ、話題になっているのはたしかである。

Kindleが「大成功」しないだろうと思う理由は、日本の書籍は活字ばかりでも白黒ばかりでもないからだ。技術書に顕著なのかもしれないが、日本の書籍は図版やカラーのものが多い。先日、ワンフロアを占有している書店をみまわしてみたが、白黒ページだけの書籍は、かなり少ないように感じられた。たとえば、解説書のヒット商品として知られるインプレスの「できるシリーズ」で、図版も多く、ほとんどフルカラーである。一方、アメリカでは「…for dummies」という解説書があるのだが、こちらは図版があっても白黒ページだ。雑誌も、コミック誌を除けばカラー中心である。

「それならiPadがある」 その通り。日本語版を出すかどうかもわからないKindleと比べても仕方ないが、日本ではiPadKindleよりも(数量的に)成功するだろう。それにiPad電子書籍専用のデバイスではないから、電子書籍以外のコンテンツやネットサーフィンも普通に楽しめる。ただ、その成功は「iPadの成功」であって、「iPadコンテンツの成功」になるとは限らない。世界で何千万台と出荷されているiPhone向けの「App Store」ですら、激しい競争にさらされているのだから*3

電子ブックと音楽プレーヤー

電子ブックを、メモリ型の音楽プレーヤーに例えている人もいるが、自分が現在持っているコンテンツをリッピングして使えるかどうかという点で大きな違いがある。AppleiPodを発売したとき、あるいはその前からメモリプレーヤーは色々あったが、iTunes Music Storeのような音楽販売サイトはなくても、手持ちのCDをリッピングして転送できた。それこそが音楽プレーヤーの使い方だった。媒体がカセットやMDからメモリに変わっただけだ。

電子ブックを買っても、手持ちの本を読むことはできない。そのために本をバラバラにしてスキャナで取り込もうなんて人は限られるだろう。いや、10年くらい前だったか、当時CD版がなかったKajagoogooのレコードをCD-Rに焼くためにCD-Rドライブを買ったという経験もあるのだけどね。青空文庫には著作権切れの作品がたくさんあるけれど、それじゃ物足りないだろうし、それらは別に電子ブックを買わなくても、パソコンや携帯で読める。つまるところ、電子ブックのために電子書籍をそろえるのは、デバイス代とコンテンツ代のためのお金がかかるのだ。佐々木俊尚氏の『電子書籍の衝撃』*4のように110円という激安で売られるものが続出するのでもなければ、けっこう高いハードルになるのではないだろうか。

電子書籍ブームに乗る

せっかく話題になっているのだから、出版社は便乗して売上げを伸ばしたいだろう。とはいえ、私は、電子ブックが登場したからと言って、急激な市場拡大は考えにくいと思う。いや、どこかでiPad購入したいという人に「電子書籍にいくらくらい費やすつもりですか?」とアンケートでもしていればよいのだけど、個人的な印象としては難しい。だから、印刷物の書籍とは別のプラスαとして電子書籍市場に期待するのはほどほどにして、ブームに便乗することを優先してはどうかと思うのだ。

まわりくどくなったが、要するに「(印刷物としての)書籍を買うと、電子書籍がついてくる」みたいなキャンペーンでもやってはどうだろうか*5※追記参照。ときどき、「映画DVDを買うと携帯でも観られます」(携帯向けの動画をダウンロードできる)というものがあるのだけれど、それと同じようなものだ。スクラッチ形式か何かでアクセスコードを書籍に貼っておき、それを利用してアカウント登録したら、そのまま電子書籍もダウンロードできるようにするのだ。いつまでもダウンロード体制を提供しにくいかもしれないので、ダウンロード期限を設けたり、初版限定としてもよいが、できれば閲覧期限はない方がよい(利用者としては)。仕組みの考察まではしないが、映画DVDなどの実績を参考にできるだろう。

最初は、印刷物を買った人が電子書籍を買ったり、電子書籍を買った人が印刷物を買う場合に割引価格を設定してはどうか、という案も考えたのだが、それは定価とか再販制度の問題がありそうな気がするし、書店で本を買う場合には購入者の特定が難しい。だから、いっそバンドルしてしまってはどうかと思うのだ。昨今のコンテンツビジネスでは、マルチユース*6は基本でもあるが、印刷物を買って同じものをパソコンでも読みたいと思う場合に、また買い直すというのは抵抗がある。配信にもコストがかかるだろうから、電子書籍バンドル版と非バンドル版で差額を設けてもよい気はするけど、たぶん余計な手間がかかるだけだろう。国会図書館に納本する分は、アクセスコードを無効にするか、図書館が電子的に保存するために使うことにすればよい。

たとえば、電子版がダウンロードできる旅行本と、そうでない旅行本があったら、前者に手が出るのではないか。前述の通り書籍はリッピングしにくいが、それを代行するようなものだ。これだけ話題になっているのだから「今は使わないかもしれないけれど、あったら嬉しいオマケ」としてピッタリだ。「そんなことをしたら別売りしている電子書籍が売れなくなる」という心配はあまりない。「印刷物を買ったけれど、電子書籍でも欲しい」と両方にお金を払う人はいなくなるだろうけれど、元々そういう人はそんなにいないだろう。電子書籍だけダウンロードして、すぐに印刷物をブックオフに売り払う、という人だってそんなにいないはずだ。それに見合う値段で引き取ってもらえるとは思えないからだ。

電子書籍をオマケ扱いすると電子書籍全体の価格下落を招きそうではあるが、もともと電子書籍の価格期待値は印刷物よりも低いのではないか。「またフリーかよ」と言われるかもしれないが、印刷物を買うためのオマケ戦略である。そして、電子書籍だけが欲しい人には、それなりに安く売ればよい。そういうことが当たり前になれば、印刷物の書籍を買い続けるうちに、自然に電子書籍がたまっていくことになり、いずれ電子書籍市場が広がりにつながる。そうすれば電子出版の未来が拓けるのではないだろうか。

※追記。
しまった。総付景品は、商品価格の2割までという規定があるので(景品表示法)、それ以上の値段で電子書籍を売る場合は、それを“オマケ”にすることはできない。オマケではなく抱き合わせです、まとめて「一冊の書籍です」と言えばよいだろうか。

*1:iPhoneのユーザー成長率、300%超で日本がトップ――AdMob調査」(ITmedia)によれば、iPhone/iPod Touchの半数は米国向けである。

*2:「予想外の売れ行き」,キングジムがデジタルメモ「ポメラ」の初年度販売目標を3万台から10万台に引き上げ

*3:もっともコンテンツの成功が容易でないのは、大量に出荷されているゲーム機でも変わらないことではある。

*4:これは、これで突っ込みたいところが色々あるので、そのうち何か書くかもしれない。

*5:そもそも電子書籍の書式が統一されていないという問題はあるけれど、そこは誰かに頑張ってもらうということで。

*6:同じコンテンツを使いまわすこと。