海賊党はす(死)んずめぇ

タイトルを考えるのに3日かかりました*1 *2

閑話休題

別に id:heatwave_p2p さんのエントリに文句をつけやすくするために「はてダ」に引っ越したわけではないのだが、かねて海賊党については一度書いてみたいと思ったところに、「海賊党のススメ」というエントリが上がっていたので、書いてみる。

海賊党という名称

おまけの話題から入るのもどうかと思うが、名称については、私もレッシグ氏と同感である(「米国海賊党、Lawrence Lessigを痛烈に批判」)。そもそも人は見かけによるし、本のカバーがどうでもいいわけはないのだが、その問題点は、彼ら自身が次のように述べているとおりである。

しかしながら、我々が「海賊党」を名乗ることで、ある部分では、我々が海賊行為を唱導する、少なくとも著作権侵害を唱導する存在であると彼は感じているのかもしれない。

たとえば、海賊版を認めるべきだ、と書かれていたら、お金を払わず著作権侵害されたものでも認めるべきなのだと普通の人は読み取るだろう。その主張が「お金を払う行為」を暗示していたのだと言ったところで、人々はそうは受け取らず「海賊行為」の正当化に利用する。「海賊党が躍進」云々といった見出しは、彼らがどう思っていようと違法という意味での海賊行為を助長させることになる。その名前がどのような影響を与えるかという点についても、彼らは配慮すべきであるし、実は彼らはそこまで考えてこの名前にしているのではないかと私は思う。彼らがいくら「われわれは不正を主張していない」と主張したところで、そのような不正を助長させることは、彼らの利益を誘導する行為でもあるからだ(後述)。

海賊党の主張について

そもそも海賊党は何を主張しているのだろうか。CNet でも(日本語で)紹介されているが、彼らのサイトでは以下の主張がなされている*3

  1. 著作権法の再構築
  2. 特許の廃止
  3. 個人のプライバシー尊重

以下、個々の理由を見ていこうと思うのだが(ほとんど1.についてだが)、その前にひとつ断りを入れておく。「著作物は文化であり公共に帰すべきものだ」「製薬特許は、貧しい人々を犠牲にして巨大企業を利するだけの制度だ」という主張を認めるなら、著作物の制作費、医薬品の研究費をすべて公共の費用でまかなうという手がある。ときおり音楽税のような話が出ることもある(参考→オルタナブログに書いた私のエントリ)。インとアウトの双方で“公共性”を主張するのであれば、(私は現実的とは思わないが)尊重できる考えであるとは思う。海賊党の主張は、そのような性格のものではないと私は認識している。

1. 著作権法の再構築

非商用の複製や使用は完全に無料にし、ファイル共有やP2Pは自由化、著作権の保護期間は5年に制限すべき、だそうだ。まあ、「こういうことって、コンテンツに金出さない奴が言うよねぇ」という典型的な例なのだが、たんに「ええかっこしい」というだけではなく、そこには海賊党と切っても切れない The Pirate Bay のビジネスモデルが透けて見える。

当初、The Pirate Bay が訴訟を受けて立ち、それを継続できていることが不思議だった。彼らは訴訟を受けて立つ弁護士費用をどこから捻出しているのだろうか。よっぽどの資産家なのか。しかし、彼らが The Pirate Bay で広告収入を得ているのだと知り氷解した(←利用者には当然のことだったのかもしれないけれど)。なんのことはない。商業著作物を流通させることは、彼らのビジネスモデルに利益を誘導するということなのだ。

変な主張がはびこって誤解を重ねているようではあるのだが「P2P」は決して「配信効率の良い技術」ではない。最適化されていない P2P ネットワークは、むしろ効率が悪くなるほどで、それは ISP の負担になる。ただ、P2P であれば運営者が巨大なサーバー、あるいは CDN(Content Delivery Network)を必要としないのだ。典型的な例が Skype である。Skype は、まさに P2P で音声を伝えあうことでネット電話を実現している。もし、中央サーバーでデータを保持しておくようなボイスメッセージサービスを提供する場合には、転送されるデータ量に比例する巨大なサーバーを用意する必要があるが、P2P なら音声データを中央サーバーで保持する必要はない。

The Pirate Bay も膨大なトラッカーを保持するために、それなりのサーバー設備が要求されたようではあるが、YouTubeJamendo のようなコンテンツ配信サービスを実装することに比べれば、その負担の大きさは遥かに軽いものであろう。そして、そのような仕組みにおいて広告を出しているのだから、「コンテンツを流通させる配信費用さえ負担せずに、広告で稼いでいる」のである。

同じことをテレビ局がやると大きな批判にさらされる。制作会社に安く作らせて、べらぼうに安い負担料の電波で流すだけでボロ儲けしているのだと(ちなみに、地方では空いている電波があるそうだから、そんなに簡単にボロ儲けできると思うなら、自分でやればいいと思うのだが)。ことさらテレビ局を擁護するつもりもないのだが、テレビ局だって安いなりに制作費を出しているのだろうしね。まあ、制作委員会方式のアニメなど、色々あるようだが、それでも制作者に無断で配信しているわけではない。

The Pirate Bay がそのような合意を制作者と交わせるわけがないから、「価値あるコンテンツを The Pirate Bay で流通させても文句を言われない状況」を作りたいのだと言える。そして、彼らはここでも "Pirate" という言葉を使って(彼らの主張がどうであれ)海賊行為を誘導する場所を作り上げた。そして、いったん誘導場所としての地位を確立したら、そのブランド力は大きい。日本において、Winny にコンテンツが集中していると、新たな P2P ツールを出しても、なかなかそちらに流れることはないのと同じである。たまたま Winny が“事件の舞台”となったから Share に流れる人が出てきたということはあっただろうが。

The Pirate Bay は、制作者にとって現状のテレビよりも酷い環境を作り出すだけだ。ついでに言えば、(あくまで推測だが)「広告の質」も高いとは思えない。ネットにはテレビのような広告規制がないから、アダルトだろうとギャンブルだろうと、あやしげな情報商材だろうと何でもアリである。そのような広告主は「払いがいい」。テレビ広告の質も落ちてきているようだが、それでもネットの比ではない。彼らの“ユーザー本位の主張”は、彼らのビジネスメリットを支えるものなのだ。

もちろん、彼らが“他人の”著作物に頼らず、“自ら”著作物を制作して配信し、5年後に自由化させるというのであれば、何の反対もしないのだけれどね。

2. 特許の廃止

製薬特許が第三世界の人々を殺し続けている、というのだが、私は、これを著作権と同様に「悪の巨大企業 vs. 善良な市民」という構図を印象付けたいための主張だと思っている。これもまた、「こういうことって、金出さない奴が言うよねぇ」という主張に見えるのである。

大屋雄裕氏のエントリにも書かれているが、一般に医薬品の研究には膨大な研究費がかかるのだから、その研究費の回収に対価を得る手段が要求されるのは当然だろう。製薬特許を認めないということは、発売直後からジェネリック医薬品を認めるというようなものだから、誰が率先して研究を進めるようになるだろうか。彼らが第三世界の人々を救いたいなら、自ら投資して人々を救う薬を作ればよいはずだ(あるいは、前述のとおり、研究費を税金でまかなう手もある)。

3. 個人のプライバシー尊重

個人のプライバシーを尊重することが重要だ、ということは否定しない。しないのだけれど、彼らが主張すると1.で示したビジネスモデルの邪魔をするな、という主張に見えてしまう。

海賊党が潰すもの

率直に言って、商業コンテンツの不正流通はコンテンツビジネスをそれほど大きく毀損していないと思っている。たとえば、2008年の統計によれば動画共有サイトの視聴時間は「年間3200万人、平均で12時間22分程度*4」(ビデオリサーチ)である。テレビからネットへのシフトなど起きていない。テレビの視聴時間が下がっているのだとしたら、それはテレビ番組を投稿動画サイトで見られるようになったからではない。広告収入が落ち込んでいるのは、不景気で企業の広告支出が抑制されているからだ。

喜ばしいこと、ではない。Yahoo! に吸収された GyaO をはじめ、頑張ってほしいサービスは多いのだが、つまるところネットはテレビほどのチャンスがないということだからだ。それもそうだ。「30万人が視聴する」という体験は、ネットならばかなり大きな数字だと言えるが、テレビなら「関東圏の視聴率1%」に過ぎない。あまりに規模が違う。採算が取れなければ、見切りをつけられても仕方がないとすら思う。

それでもネットに賭ける人々がいる。しかし、その状況は決して良くない。heatwave_p2p さんは、先日「危機的状況を迎えるJamendo」というエントリを書かれている。ネットを活用して世界に打って出ようというアーティストたちは、大きな注目を集められないでいる。ネットを使ってコンテンツを探す人たちにとっては、アーティストがチャレンジングであるかどうかはどうでもよいのだろう。商業コンテンツの流通が自由になれば、彼らに目を向けられる可能性はますます低くなるだろう。そうでなくても、もう長くは続かないようだけれど。「Save Jamendo!」の右側にある投票結果によれば、3割以上がアーティストというだけで、Jamendo の厳しさが伝わってくる。リスナーが集まっていないのだ*5

結局のところ、海賊党の主張は、市民の権利を主張しているように見せつつも、その背後には彼らのビジネスを確固たるものにしたいという意図が見えているのである。そして、自分の意思で自由な流通に賭けるチャレンジャーを潰すのである。現実の世界で海賊党の主張が受け入れられることはないと思っているが、それでも「海賊党の躍進」という表現によって、不正と言う意味での海賊行為に手を出す人々の心理的障害が軽減されてしまう可能性は否めない。レッシグ氏が、それを考えて海賊党に苦言を呈したのかどうかはわからないが、Jamendo の運営者は海賊版が蔓延ることを喜んではいないはずだ。

海賊党など、とっとと駆逐されてほしいものだ。

*1:冗談です、念のため

*2:付言すると、東北弁を揶揄する意図はありません、重ねて念のため

*3:2010.1.25追記。うっかりしていたが heatwave_p2p さんのエントリから、ご自身による翻訳ページへリンクされていた

*4:しつこいようだが、年間の数字である。日本人口の1/4だけが、月に1時間見ている程度、なのである。

*5:しかも、リスナーの多くはわずかなコスト負担も拒否している