Domain Name 2.0
2001年のドットコムドメイン名バブルの崩壊は、ドメイン名にとって、ひとつの転換点となった。「ドメイン名は誇大に宣伝されていた」と多くの人が結論を下したが、バブルとその後の淘汰は、あらゆる技術革命に共通するように思われる。だが、必ずしも新興技術が古くからある技術を置き換えて淘汰しているわけではない。見掛け倒しのオープン戦略は必ずしも企業のビジネスモデルの本質ではなく、企業の利益は常にクローズな部分から生み出される。オープンソースを礼賛する企業のSI構築事例とともにソースコードが公開されたことはなく、オープンソースOS活用を誇示する検索エンジンのソースコードはブラックボックスに包まれている。
「Domain Name 2.0」という言葉は、いわゆる「Web 2.0」に始まった「新しい潮流を "2.0" と名づけて新鮮に見せる」という風潮にインスパイアされて作られた。ドメイン名フリークである一介の個人に過ぎない私ではあるが、ドメイン名バブルは崩壊したどころか、かつてないほどヒートアップしている存在であり、かつてのドメイン名そのものの投機に比べて、より大衆化しているように見える。また、バブル崩壊を生き延びた企業には、いくつか共通点があるように思われたドットコムの崩壊によって、ドメイン名は確かにある種の転換点を迎えたのではないか。だとすれば、「Domain Name 2.0」について茶化してみることには意味があるのではないか。この考えを元に、私は「Domain Name 2.0」の執筆を決意した。
まず、ドメイン名の「1.0」と「2.0」について具体例を挙げることで、「Domain Name 2.0」のイメージを考えてみることにしよう。
Domain Name 1.0 | Domain Name 2.0 | |
---|---|---|
収益源 | ドメイン名自身の取引 | ドメイン名アフィリエイト |
高価値 | 汎用ワンワード.com | 高トラフィック ドメイン名 |
サービス提供者 | afternic | sedo, fabulous, domainsponsor |
注目株 | ショートレター | 主要国のccTLD(.us, .cnなど) |
ダークホース | フレーズ・ショートレター | スペルミス ドメイン名 |
ドロップキャッチ | 旧SnapNames(定額制) | 新SnapNames、poolなど(オークション形式) |
メジャープレーヤー | BuyDomains、GreatDomains | ULTSearch |
レジストラ | 高額($35/年)&人的サービス | 低額($10/年以下)&Webで自己管理 |
主要レジストラ | Network Solutions, Register | Go Daddy, eNom |
この他にも、いくらかは例を挙げられるだろう。では、我々は何をもって、ドメイン名ビジネスモデルが「1.0」と「2.0」のどちらに属すると判断できるのだろうか。この点は明らかで、ドメイン名に関わる収益の源が、ドメイン名そのものの売買から、ドメイン名のアフィリエイトによって得られる収益に変わったことが、まさにその違いである。だから、そこで話を終わりにしてもよいのだが、それだけでは味気ないので、もう少し続けてみよう。「Domain Name 1.0」の成功事例や、新たに登場した興味深いビジネスモデルに注目することで、今日のドメイン名ビジネスを理解できるに違いない。
1. 収益源の変化
留意すべきなのは「1.0」が淘汰されてなどいないということである。オリジナルの「Web 2.0」レポートでは、「淘汰」というセンセーショナルな表現が使われているものの、明らかな「Web 1.0」スタイルの企業の多くが、実際には淘汰されていない。ドメイン名についても、引き続き「1.0」に相当するビジネス、つまりドメイン名自身の取引が生き続けている。
逆に、ドメイン名ビジネスに関する限り、必ずしも「2.0」スタイルは最近生み出されたものではない。Overture(設立時はGoTo.com)は、1997年から特定の検索キーワードへの入札(Pay-For-Performance、スポンサードサーチ)ビジネスを開始していた。Overture は2003年にYahoo! に買収され、Yahoo! Search Marketing という子会社として運営されている。そして、長らく存在が謎に包まれていた(少なくとも、そう思われていた)Ultimate Search は、こうしたドメイン名バブル以前の時代からトラフィックによる収益システムを構築していた(らしい)。Ultimate Search は、2005年初めに 1億6400万ドルで Marchex, Inc. に買収された。
ここで、ドメイン名の価値やアフィリエイトについて紹介しておこう。通常、ドメイン名は、Web サイトを構築するために取得するものだ。サイトを構築しなければ何の価値もない。たとえば google.com というドメイン名は、google が検索エンジンとしてのブランドを築いたからこそ意味があるものであり、"google" という単語には元々特別の意味がない造語である。逆に amazon.com というドメイン名は、アマゾンというオンラインショップが存在しなくても、「テレビ制作会社のアマゾン」や「旅行会社のアマゾン」が存在する。"amazon" は、こうしたキーワードとして価値があるのだ。
「Domain Name 1.0」の収益源として挙げたドメイン名そのものの取引とは、たとえば750万ドルという値をつけたbusiness.comのような特別なドメインに対する取引を指している。実際、このような高額取引を契機に一攫千金を狙ったドメイン登録が増え、これがドメイン名バブルとなったのだが、こうして登録されたドメイン名のほとんどが売買されることなく失効していったが、最近成立した diamond.com(やはり750万ドル)をはじめ、決定的なドメインに対する高額取引は成立し続けているのである。
さて、google.com はたまたま造語として登録されたものだが、amazon.com のようなドメインは、たとえオンラインショップのアマゾンが存在しなかったとしても、誰かが取得するだろう。そして、こうしたドメインはブラウザに直接入力してみる人がいる。また、価格比較サイトとして有名な "kakaku.com" とは別に、比較ドットコム(hikaku.com)はどんなサイトだろうと考えて入力してみた人はいないだろうか。これが「タイプイン トラフィック」と呼ばれるもので、このようにブラウザに直接入力されやすい名前のドメインは、それだけで価値があると考えられている。なんらかの費用をかけて自分のサイトを宣伝(誘導)することを考えると、わかりやすいだろう。また、以前サイトがあったもので、色々なサイトからリンクが残っているようなものは「リンク トラフィック」があるかもしれない。
そして、このようなトラフィックをアフィリエイトに応用したのがドメイン名アフィリエイトである。overture と契約できるのは膨大なトラフィックを持つ検索エンジンだけであるが、こうしたアフィリエイトを「卸売り」するサービスがある。たとえば、enhance(旧 ah-ha)、miva(旧 findwhat)、fabulous などがこれに該当する。“名前”にもよるが、維持費を払い続けなければならなかっただけのドメイン名が、たんにアフィリエイトサービスに割り当てるだけで収益を生み出すようになったのだ。日本での土地バブル時代に、栗を植えていて何も生み出さなかった遊休地が、コインパーキングとして利用することで自動的に収益を生み出すようになったようなものだろう。
ドメイン名そのものの取引が収益源の中心だった頃は、とにかく「よいドメイン」つまりひとつの英単語であり、.com であるようなものが、高価値だと考えられていた。しかし、アフィリエイトにとって重要なのはトラフィックの多さである。これは、とくにスペルミスドメインに大きなチャンスをもたらした。高トラフィックを持つサイトに似たスペルミスドメインは、注目の的となっている。たとえば、2005年には downlaod.com/donwload.com/dawnload.comがそれぞれ68,000ドルで取引されている。これは、download.com という CNet のダウンロードサイトのトラフィックをあてにしたスペルミスドメインである。myspace.com のミススペルドメインにも同じ傾向が見られる。たとえば、myspac.com や mypsace.com は3万ドル以上の値段が付いた。そして、Mortage.com(Mortgage.comではない)の取引は24万ドルを超えるものであった。
ただし、スペルミスドメインにはリスクがある。スペルミスでないサイトのトラフィックを利用して“不正に”利益を生み出そうとすることが、ドメインの「悪意の取得」とみなされることがあるためだ。たとえば、2002年にはアダルトコンテンツを表示していた toyoto.com ドメインが TOYOTA から訴えられ、移転を命じられている。
2. メジャープレーヤーの変遷
かつて、ドメイン取引の場として名を馳せていたのは afternic である。"NIC" とは Network Information Centre であり、インターネット ドメイン名システムのレジストリのことである。TLD(Top Level Domain) ごとに、独自のレジストリが存在する。そして afternic とは、ドメイン名を登録した後の市場という意味で名づけられた。
実際、膨大なドメインが afternic に登録され、取引されていた。だが、当時の afternic は、あまり信頼されるサービスではなかった。エスクローという安全な取引の仕組みを持っていたはずではあるが、ドメイン名の受け渡しに関するトラブル、支払いの遅延といった問題が多く、ドメインブローカーから敬遠される存在となってしまった。折しも、(第一次)ドメインバブルが崩壊していた 2002年末、afternic.com はそのビジネスを停止し、"afternic.com" というドメイン名を NameBuySell.com という別の組織に売り渡すことになった。
新生 afternic.com は、以前に比べてずっと改善され、信頼されるものになった。もともと NameBuySell.com は、リーズナブルな価格をつけたドメインのみを Showcase Domains として掲載したり、旧 afternic のような冷やかしの入札でトップページが影響されるといった仕組みを持たなかった。ただし、新生 afternic でのドメイン売買は、旧 afternic と同じオークション形式が中心である。オークション形式とは、同じドメインを欲しがる複数の買い手がいた場合に落札価格の高額化は期待できるものの、極端な高額取引を期待できるものでもない。
また、ドメイン名ビジネスの新たな成長とともに急成長した売買サイトが sedo である。sedo は Search Engine for Domain Offers の略称であり、sedo におけるドメイン売買の基本は「無記名による入札」である。そのドメインに対して、どんなオファーがあり、どんな競争相手がいるかはわからない。どうしても入手したいドメインがあれば、売り手に対して“最高額”を提示するための判断基準はない。えてして高額な入札をすることになる。sedo は、DN Journal というサイトで調査されているドメイン名売買レポートで、2005年の高額取引の約4割(個数、金額とも)を占めるまでに成長している。
なお、最大のドメインセラーとして知られているのは BuyDomains であろう。彼らのビジネスは「Domain Name 1.0」にあるドメイン名そのものの売買が中心ではあるが、最近では sedo のようなサービスを利用することで、トラフィックからも収益を上げているようだ。BuyDomains は、後述のドロップキャッチにおいて早い時期から投資することで、現在では64万を超える比較的良質なドメイン(彼らのサイトより)を保有している。また、早い時期からアフィリエイトを実装している。
そして、「Domain Name 2.0」企業として、早い時期からドメイン名アフィリエイトビジネスを構築していたのが前出の Ultimate Search である。数万におよぶ良質のドメインを保有していると推測される。2001年頃のドメインバブル崩壊初期から、良質ドメインを収集し、同様のビジネスを構築しているバイヤーとして知られているのが elequa(Thunayan Khalid AL-Ghanim)氏であろう。同氏は、Future Media Architects(FMA)という会社を設立し、現在では media.com、fm.com、dj.net といったトップドメインを数多く所有している。この中には、かつて3000万ドルのオファーを受けたという cool.com や、今は新規登録ができない1文字gTLDドメインである i.net が含まれる。現在、これらのほとんどは oxide.com という独自のサーチエンジンに割り振られている。同氏のビジネスパートナーである Mrs. Jello(Igal Lichtman)氏も、比較的早期から大量のドメインを保有し、DomainSpa という自身で構築したサービスで運用している。なお、現在では相当多くの個人や組織がアフィリエイト構築のためにドメイン名に投機している。
Domain Name 2.0の教訓: トラフィックのアフィリエイト利用によるポートフォリオ構築により、所有ドメイン全体 -- 良質ドメインだけでなく高トラフィックを持つ低質ドメインにも利益を提供する。
当然、こうした態度はその他の「Domain Name 2.0」の成功事例にも見て取ることができる。BuyDomains や sedo に登録したドメインなども、アフィリエイトによる収益を確保しながら、購入者が訪れるのを待つというビジネスモデルを構築し、高額取引の可能性を広げていった。
3. 飛躍の2005年
ドメイン名ビジネスは、2002年後半にかなり低迷した。投機的なドメイン登録はなりを潜め、それまで3000万を超えていたgTLDのドメイン登録数は2000万台中ばまで落ち込んだ。しかし、その後は、じわじわと登録数が盛り返していく。理由の一つには、従来 Network Solutions など大手のレジストラでの登録がほとんどであり年間の登録費が35ドル程度かかっていたものが、Go Daddy のように年間登録維持費が10ドル以下で済むところが増えていったことが挙げられる。
特に、2005年のスーパーボールで放送された Go Daddy の「意欲的なコマーシャル」(前年の Janet Jackson 事件のパロディ)は大きな話題となり、ドメイン名は、この年にいっきに大衆化した。この結果、2005年の1年だけでgTLDの登録数が1000万も増加したのである。この勢いは今なお続いている。そして Go Daddy は、レジストラ界の重鎮 Network Solutions を抜き、この年、トップレジストラの座についたのである。
なお、Go Daddy と双璧にある新興レジストラとして eNom が挙げられるだろう。eNom は、Go Daddy のような個人よりも組織・会社をパートナーにすることをメインにしたビジネスモデルを展開している。たとえば、個人が1つの gTLD を登録するときには $25程度かかるが、預かり金を前払いすることでパートナー契約すると $9〜$7程度でドメインを登録できる。日本におけるムームードメインや Value-Domain など安価なレジストラには eNom のリセラーであることも多い。
もうひとつ紹介すべきレジストラは 1and1 である。1and1 は安価かつ高品質のホスティングを提供することで急成長したホスティング会社であり、前述の sedo の関連会社でもある。1and1 におけるドメイン登録費は $5.99 であり、これはレジストリの卸価格($6)よりも安価である。このような価格を設定できるビジネスモデルは、ドメインを管理するコントロールパネルに広告を出すことであるようだ。これも広告によって、費用を軽減するという「2.0」スタイルと言えるだろう。ただ、残念ながら 1and1 のサービスは米国やカナダに限定されており、日本からは利用できない。
4. ccTLDの飛躍と失敗し続ける新TLD
収益源の変化には関係ない動きとして、ccTLDの飛躍がある。かつて ccTLD は、gTLD(global TLD)が取得できなかったため、やむを得ず登録するもの、という側面があった。「テレビ」ドメインとして急成長した .tv(元々ツバルの ccTLD)は別格だが、.cc(ココスのccTLD)、.ws(南サモアのccTLD)などは、欲しいドメインが gTLD で取得できなかった人のための代替品として存在する。しかし、これらは「ドメイン名」としての認知度が低く、それほど価値あるものとは思われていない。
しかし、その国に対応した ccTLD では状況が変わってくる。たとえば、日本人は、サイトのドメインといえば、まず .com や .co.jp を想像するだろう。2002年に登場した .jp も定着しつつある。このように各国にとって ccTLD ドメインは、その国の人々にとってなじみやすいものだといえる。
sedo の共同創立者である Tim Schumacher 氏はインタビューで「地域に即したサービスやインターネットを通じた情報提供の要求が強くなり、ccTLD が地域に根ざしたドメインとして重要なものとなってきている」と語っている。また、最近では NAV.no(.no は、ノルウェイの ccTLD)が約70万ドルで取引されるといった高額取引の例も報告されている。
gTLD あるいは地域に根ざした ccTLD ドメイン名の普及が進むのとは対照的に、失敗し続けているのが新TLDである。世界中の誰もが普通に取得できる gTLD は、長らく .com、.net、.org で定着していた。しかし、ドメインバブル時代には、これらの TLD ではまともなドメイン名は取得できないと予想され、新たな TLD の必要性が求められるようになった。こうした背景のもと、2001年に .info が登場し、翌年以降も .biz、.name、.pro といった新しい gTLD が登場するようになった。さらにスポンサー付きの TLD(sTLD)として .aero や .museum の運用がはじまった。
いずれも、古典的な gTLD に比べての認知度は低いままであり、広く普及したとは言えないのが現状である。.info のみ、総登録数240万以上とかなり成長しているように見えるのだが、これは無料登録や低額登録のキャンペーンの結果であろう。.info については無料登録されたドメインが維持されていた 2005年8月までは370万以上の登録数を誇っていたが、翌月には260万まで登録数を減らしている。また、現在でも特定のレジストラと共同で$1〜$2といった低額の登録キャンペーンを行っている。一方、.biz は2005年末での登録数は約130万である。.name や .pro はずっと少ない。
medicine.info や best.info のように2万ドル以上で取引されたものはあるが、概して新TLDの認知度やニーズは古典的 gTLD に遠く及ばない。すでに、.mobi や .tel といったTLDが承認されているが、これらの新TLD の今後は決して平坦な道ではないだろう。
5. 先行き不透明な国際化ドメイン名
ドメイン名におけるもう一つの流れが国際化ドメイン名(IDN、Internationalized Domain Name)である。通常のドメイン名に使える文字は、アルファベット、数字、そしてハイフン(先頭と末尾以外)に限られている。英語以外の地域でも、「その国の言葉(文字)」をそのままサイトの名前として使えるようにすべきだ、というのがIDNの考え方である。ただし、ドメイン名に英数字&ハイフンしか使えないのはインターネットの現在の仕組み上仕方がないため、IDN は各国語の文字を punycode という特別な変換方法(xn--に続く符号化された英数字が続くもの)を使って表現される。
IDN の実装により「ウェブサイト.jp」のようなサイト名をつけることができるようになる。ただし、「ドメイン.jp」を「XN--ECKWD4C7C.JP」に置き換えなければならず、この変換機能は Internet Explorer 6 などでは標準実装されていない(アドインを組み込む必要がある)。また、サイトの URL を変換することで置き換えられたページにアクセスできるだけであり、たとえば「管理者@ウェブサイト.jp」のようなメールアドレスは使えない。
IDN は、登場したときにこそ話題になったものの、人気はあまり出なかった。アドインを組み込まなければ標準的に使えないというのが大きな理由であろう。しかし、ブラウザシェアトップの Internet Explorer 7(IE7)が正式に IDN をサポートすると表明したため、じわじわと人気が出てきているようではある。たとえば、日本語ドメインでも「香川県.com」「石川県.com」などが2000ドル弱で取引されているし、「東京.net」は1万ドルだったようだ。他国に目を向けると「Städtereisen.de」("city travel"のドイツ語)は5万ユーロ(約6万ドル)で取引されている(これは ccTLD としても高額な部類である)。
しかし、ccTLD に比べても使いにくい IDN が、ほんとうに実用サイトとして定着するかどうかはまだわからない。現在の取引の多くはプロのドメインブローカーどうしのものがほとんどだと推測される。そして、一部のブローカーが主流ブラウザである IE の対応に賭けているのではないだろうか。
6. ドメイン名紛争
これも「1.0」や「2.0」とは関係ない話題であるが、ドメイン名の人気に比例して、間違いなく増えつつあるのがドメイン名に関する紛争である。WIPO(World Intellectual Property Organization、直訳すると「世界知的財産組織」)によるドメイン紛争解決は1999年にはじまったが、2000年には1841件だったgTLDの紛争が、2003年には1053件にまで減り、ふたたび2005年には1361件にまで増えた。この増加傾向は当面続くであろう。
紛争の多くが商標に関わるドメインの不正使用である。arai.com、bunshun.com、biccamera.com といったドメインは、商標権利者への高額譲渡を狙った不正取得とみなされ、所有権の移転が命じられている。一方、jal.com や sting.com などは、正当な所有権がみなされ、訴えは認められなかった。
商標権を持っていることが、そのまま紛争の勝因につながらない点には注意が必要だ。たとえば、商標は、食品、おもちゃ、メディアといったさまざまな分類がある。たとえば、アサヒビール、朝日新聞、旭硝子、テレビ朝日といった「アサヒ」名がつけられている会社は色々あるが、それぞれ別会社である。もし、個人が asahi.com を所有している場合、アサヒビールがその所有者を訴えたからといって、朝日新聞や旭硝子より優先して asahi.com の所有権を得られるわけではない。しかし、この所有者がアサヒビールに対して高額の譲渡金を要求したら話は変わってくる。つまり商標権を持つ特定の企業に対して金銭を要求することになり、これは「不正」とみなされる可能性がある。(なお、実際には asahi.com は朝日新聞が所有している)
逆に、あまり知識のない素人を狙って紛争に持ち込もうというケースがある。一般の所有者は、裁判に慣れていないため、まともに反訴しない可能性がある。通常の裁判で、反訴がなければ原告の意見を認めたものとして常に被告が敗訴するのだが、WIPO は反訴がない場合でも「デフォルトの想定」のもとで判断する。ただし、反訴しなければ被告にとって不利になることに違いはなく、不正の意図がないにもかかわらず、所有権を失う可能性もある。商標権を狙ったドメイン登録を「ドメインハイジャック」と呼ぶのに対して、紛争によってドメインを奪い取ろうとすることを「リバースドメインハイジャック」と呼ぶ。たとえば newzealand.com などが、これに該当する。
WIPO は、いわば簡易裁判のようなものだ。1つの1人のパネリストで行う場合の費用は$1,500であり、一般的な「裁判所」での費用に比べれば安価なものである(6つ以上のドメインや、3人のパネリストが関わる場合はより高額になる)。原告からの提訴に対して、被告が反訴し、これをパネリストが判断する。パネリストの判断によりどちらかが勝訴し、更なる反対尋問や証人喚問、あるいは和解勧告のようなものはない。WIPO そのものには控訴や上告といった仕組みはないが、判決に不満があれば、各国の裁判所にさらに訴えかけることは可能だ。ただし、時間や資金が必要となる。
7. ドロップキャッチの変遷
自分の欲しいドメインが取得済みだった場合に、登録を諦めて他のドメインを探す人は多い。しかし、名前、地名、社名といったドメインである場合は、他で代替しにくいことがある。実際には、登録されているドメインよりも、実サイトとして活用されているドメインはずっと少ない。ドメインは年間の維持費を支払わない限り失効してしまうため、登録されたものの使われずに失効していくものもある。かつて、こうしたドメインは失効した時点で、ふたたび「早い者勝ち」で再登録するものだった。ドメインが失効・削除(ドロップ)された後に、再登録(キャッチ)するため、ドロップキャッチと呼ばれる。そして、ごくわずかな“先駆者”たちは、良質のドメインの失効直後を狙ってドロップキャッチを行っていたのである。また、ドメインが完全に失効し、再登録可能になるまでの日数や時間は、こうした先駆者たちだけが知る情報であった。
だが、そうした知識がなくても欲しいドメインをドロップキャッチしたい人は少なくない。そこで、このドロップキャッチを一般向けのビジネスにするところが現れてきた。SnapNames と NameWinner である。SnapNames はドメイン名の「バックオーダー」と称し、一定額(初期は$35で、その後$49、$69と値上がりしていった)を前払いすることで、欲しいドメインをドロップキャッチするサービスであった。欲しいドメインが取れなくても前払いした代金は戻らないが、1年間(当初は無期限)は他のドメインに振り返ることができた(この権利を SnapBack と呼んでいた)。
一方、NameWinner は、ドメインが失効する直前までキャッチできた場合の支払い金額をオークションにかけるという仕組みであった。キャッチできなければ無料、キャッチできなければ最高額の支払いをオファーしていた人にそのドメインを渡すという仕組みである。ドメインが取得されなければ支払いも発生しないためリスクはないが、誰かと競合になると支払い金額が高騰することもあった。当然、NameWinner はオークションで高額になったものを優先的にドロップキャッチしようとした。ドメインの失効日時にはある程度法則性があるものの、正確に予告されるものではないので、とくに複数の人が欲しがるようなものは、こうしたサービスどうし、あるいは他のプロフェッショナルのリクエストが競合したものである。ドロップが始まる時刻には、レジストリに対して世界中から膨大な登録リクエストが送られた。
このようにドロップキャッチは、ちょっとしたビジネスのネタになった。とくに登録数が伸び悩むレジストラにとっては、いいサイドビジネスになったであろう。上記の2大サービスに加え、DropWizard や ExpireFish といったサービスが登場してきた。そして、2003年に登場した pool により、ドロップキャッチビジネスに大きな転換期を迎える。
まず、pool は、SnapNames の仕組みを構築した技術者を雇い入れ、さらに多くのレジストラと契約することで、強力なドロップキャッチの仕組みを作り上げた。だが、pool の特徴はその強力さよりも、支払額をキャッチ後のオークション形式にしたことにある。NameWinner のような事前のオークションの場合、「取れないかもしれない」という意識が金額の高騰にある程度のブレーキをかける。しかし、キャッチした後のオークションの場合、オークションに競り勝てばそのドメインが手に入り、負ければ失うことが明らかである。このため、pool のオークションは高騰しがちになった。また、レジストラへの支払い条件がよかったと推測され、pool と契約するレジストラも増えていった。これは pool のドロップキャッチをますます強くするものとなった。SnapNames や NameWinner がドロップキャッチの「1.0」であるなら、pool が「2.0」に相当するといえるだろう。
さて、この流れとは別に、2002年、SnapNames と提携していた VeriSign から ICANN に Wait Listing Service(WLS)という仕組みが提案された。これは、上記のようなドロップキャッチによる膨大な登録リクエストを避け、“健全な”再登録の仕組みを作ろうという提案である。上記のようなオークションや登録競争を避け、本来ドメインを欲しい人が、早くから再登録の権利を申し込んでおけば、そのドメインが失効した後に安価に入手できるというものだ。これにより、ドロップ時の膨大な登録リクエストもなくなるはずだった。また、当時の SnapNames の SnapBack 権は、そのまま WLS に置き換えられる予定であった。
問題は、WLS の権利が安価であると、膨大な資金力を持った組織が良質ドメインの WLS 権を青田買いしてしまい、もはや誰も入り込む余地がなくなってしまうことだ(実際、WLS 開始前からそうなる兆候が出ていた)。これは、良質ドメインが資金力のある組織に集中する可能性があり、ドロップキャッチをビジネスとしている業者やレジストラからも反発を受けた。長期の話し合いの後、2004年には正式に ICANN から WLS を承認を受けたのだが、結局、WLS は実施されることはなかった。
ドメイン削除の問題として、実際のサイトで使用中のドメインが失効してしまうと、所有者の気づかないまま他人にドロップキャッチされてしまう可能性があったことである。2002年頃まで、失効したドメインはレジストラごとに異なるスケジュールで削除されており、中にはネームサーバーが生きているにもかかわらず、期限切れ後2〜3日で削除されてしまうものもあった。こうなると、そのサイトの運営者はドメインの取り戻しに多大な労力を費やすことになりかねなかった。
2003年に VeriSign が導入した救済猶予期間(Redemption Period)は、こうした問題を解決するものだった。つまり、ドメインがレジストラから削除されても、救済期間に移るだけで削除されることはない。しかし、この間にネームサーバーがつながらくなるので、サイトは見えなくなり、運営者は問題にきづくことができる。余分の費用はかかるものの、この期間であれば再登録することができた。ただし、この期間を過ぎて削除準備(Pending Delete)状態になると再登録はできない。
pool が強大な存在となり、WLS の実施が見送られた 2004年の夏、SnapNames はとうとう事後オークション制を導入した。SnapBack は、もはや優先権ではなくなった。2005年には、SnapNames は契約レジストラのドメインは「削除することなく」事後オークションにかける仕組みを導入した。SnapNames の契約レジストラには Network Solutions があるが、Network Solutions は老舗のレジストラであるため、高品質のドメインがドロップするケースも多い。こうして「2.0」のドロップキャッチスタイルを導入した SnapNames は、再び人気のあるサービスとなったのである。
Domain Name 2.0 企業のコアコンピタンス
7.つの潮流を無理やり紹介することで、Domain Name 2.0 の主な特徴を明らかにしてきた。各項で取り上げた事例は、これらの重要な原則のひとつ、または複数を体現しているが、必ずしもすべての原則を満たしているわけではない。改めて、私が Domain Name 2.0 企業のコアコンピタンスと考えているものをまとめておこう。
「Domain Name 2.0」を自認する企業を見かけたときには、その企業が上記の項目を満たしているかどうかを観察してみるといいだろう。だが、自分のサービスを売り込むために真っ先に「2.0」を口にするような企業には気をつけたほうがよい。客が欲しいのは「2.0」ではない、役立つサービス、面白いサービスが欲しいのである。
※注 かつて DomainFan.com に掲載していた記事です。2006-5-21に執筆したものですが、2011-4-16に、こちらに転載しました。