議論の論理

議論の前提

はてブをきっかけに先日のエントリにコメントをもらったが、何が問題であるかを少し一般化して考えてみよう。

議論には前提がある。この前提は議論に加わる参加者が一致できるものでなければならない。そこを一致させずに議論を続けても議論がかみ合うことはない。私のエントリが長めになることも多いのだが、それは前提を明確にしておきたいからといっても過言ではない。

最近話題になっている東京都の青少年条例の議論も、どことなくその雰囲気が感じられる。東京都が、現在の条例で規制できないが、新しい条例で規制できると考えている具体的な例はどんなものがあるのだろう*1。漫画家は、ほんとうに「明確な線引き」を望んでいるのだろうか。「線引き」を明確にすればするほど、表現が規制されることになると思うのだが。

アクセス制御の回避規制についての小寺氏は、「アクセス制御を回避したアクセスが規制される」ならば「Linux で DVD 再生が違法になる」という前提を置いている。先のエントリに書いた通り、PowerDVD for Linux のような正規の DVD 再生ソフトを使えばよいのだから、この前提は間違っている。はてブでは、PowerDVD for Linux が現行商品でないという指摘を受けたのだが*2、Betamax が販売終了したからといって、βテープの再生が違法化されるわけではない。

また、コメントでは DeCSS ベースの再生ソフトを使う場合はどうかという指摘を受けたが、たとえ「アクセス制御を回避したアクセスが規制される」としても問題視されるとは考えられない。DVD メーカーにとっては、その DVD が正規に入手されたものであれば、正規の再生ソフトであろうと、DeCSS ベースの再生ソフトであろうと“被害”とは認識されないだろうから、被害届が出ることはないだろう。被害届が出なくても“形式的に違法”になることが問題だという意見はあるだろうが、私は、そうは思わない。

もともと DVD 再生ソフトは MPEG-2 のライセンス料を支払う必要があるはずだ。MPEG-2 を含め、こうした動画関係のライセンスは MPEGLA で管理されているが、無料で配布される DVD 再生ソフトは、(DeCSS とは関係なく)こうしたライセンス料を支払っていないだろう。それは MPEGLA にとっては問題だろうし、ライセンス料を払う DVD 再生ソフトメーカーが不公平感を持つかもしれない。だが、お金が取れそうにない、よくわからない相手に多額の裁判費用を投じてイタチゴッコの訴訟を起こす必要は感じていないかもしれない。これは「アクセス制御の回避規制」とは関係ない話だが、ライセンス料を払っていなという点では“実質的に違法”な状態である。

この“実質的に違法”な状態をなくせば(つまり Linux 用の DVD 再生ソフトが正規のライセンスを払えば)、元々問題視されないであろう“形式的な違法”状態はなくなる。それを差し置いたまま、「Linux で DVD を再生する」を問題だとするなら、「MPEGLA が DVD 再生ソフトのライセンス料を放置しているのに、DVD メーカーが Linux での DVD 再生を差し止めようと被害届を出す」という前提が必要となる。その前提に同意できる人はどれだけいるのだろう。

Kinect の件は、もっと明確だ。XBOX360 のオプション品として売られているだけで、XBOX360 でなければ繋がらないという“プロテクト”はないし、Microsoft 自身がパソコンからの接続を認めると明言しているのだ。「アクセス制御を回避したアクセスの規制」だとしても、その前提条件に該当しない。

前提が明確になれば、それを踏まえた“意見”も成立する。同じ前提をとっても意見が違うことはあるし、それを変えることは難しいと思う。だが、前提条件が成立しなければ、そもそも主張が成立しない。つまり議論の相手にならない。

ダウンロード違法化とMIAU

MIAU は、かつてダウンロード違法化でも反対運動を起こしていた。年初に施行されたダウンロード違法化*3について、MIAU はほとんど成果をあげなかった。そう言っているのは MIAU 自身である。MIAU は、「“ダウンロード違法化”等を含む改正著作権法案の可決・成立を受けて」で次のように表明している。

結果的には「罰則規定なし」「“情を知って”という条件の追加」「ストリーミングは対象外」というところまで引き下げられたものの、、約6000通ものパブリックコメントで指摘された問題点のほとんどに対してなんら具体的な修正は行われぬまま法案が提出され、可決・成立したことに対し、強い遺憾の意を表明致します。

せっかく条件を“引き下げた”のなら、「実質的な問題点をなくしたのは我々の成果だ」と表明すればよかったのに*4、そうする代わりに「問題点のほとんどに対して、なんら具体的な修正は行われぬまま法案が提出され」たと言い切ってしまったのだ。MIAU の主張する「修正を行われなかった問題点のほとんど」とは何だったのだろう。それらは、現在どのような“悪影響”を与えているだろう。「権利者は聞く耳を持たない」と言いたいがあまり、「MIAU が主張する問題点」は、結局たいした問題ではなかったと印象付けられてしまったのではないだろうか。

Linux での DVD 再生も、Kinect のパソコン利用も問題になることはないのだから、問題の前提が成立しない。小寺氏のエントリを見る限り、「権利者はひどい」と言いたいがあまり、また同じことを繰り返すように感じられるのだ。

というわけで、今日こそ、もうエントリを書かないかなあと思っていたが、きっかけをくれた id:zm_nouveau さんに感謝*5:-)

*1:猪瀬副都知事がテレビで示した例は、現状でも規制されているものだったとも聞いたのだが。

*2:このプレスリリース によれば、今年初めにも動きがあるようなので、何らかの入手方法はあるのかもしれない。

*3:違法にアップロードされた著作物をダウンロードすることが違法化されるという意味。

*4:もっとも、「このままでは大変なことになるぞ」と煽って、後になって「私の力でおさえました」というのは、怪しげな宗教団体の手口でもあるけれど。

*5:皮肉ではありませんよ、念のため。