「Cablevision」は「まねきTV」ではない

「まねきTV」が最高裁

このエントリを書いた直後に、「最高裁、テレビ局側敗訴見直しへ 番組転送サービスで」というニュースがあった。一審、二審で合法と判断された「まねきTV」の判決が見直される可能性が高くなったということのようだ。「貧せざるが貪す」によると、逆転勝訴の可能性が見えてきたということは「永野商店の訴訟代理人がボランティア同然での訴訟遂行に音を上げて辞任」したか、あるいは田原睦夫裁判長が「両当事者の資本力の差や社会的地位の差を斟酌して結論を決めるタイプの裁判官」ということだろうか*1

Cablevision とは

裁判の行方はともかくも、かつて「まねきTV」に関連して「アメリカでは Cablevision が合法と認められたのに*2、日本はおかしい」という人がいた。しかし、実際には「まねきTV」と「Cablevision」は形態がまったく違うサービスである。まず、Cablevision はケーブルテレビ会社である。訴訟沙汰になっていた Remote DVR とは、デジタルビデオレコーダーを家庭に置く代わりに、Cablevision がネットワーク経由でその機能を提供するというものである。つまり、「ケーブルテレビを契約した利用者に対するタイムシフトサービス」であり、コンテンツ(映画や番組)を提供する側との直接的な金銭契約があるのだ。記事によれば、「サーバに録画した上でユーザーに提供…ライセンス料の支払いを要求した」ということだから、たんに「もっと金を出せ」「いやだね」といった内輪の喧嘩だったのではないか。ついでに言えば、Cablevision はすんなり勝訴したわけでもない。この件ですら、最高裁は判断を保留して法務局の確認をあおいだくらいなのだ。

実のところ、ケーブルテレビでタイムシフト視聴させるサービスは、日本にもある*3。つまり、「Cablevision のようなサービスを提供しようとしても日本では法律が邪魔をする」わけでは(あまり)ない*4。そういう人の地域でサービスが利用できないのは、ケーブルテレビが届いていないか、「ケーブルテレビ会社がオンデマンドサービスをやっていないから」に過ぎない。アメリカだって、ケーブルテレビのサービスがない地域で、ケーブルテレビを利用することはできないし*5、ケーブルテレビ会社がリモートDVRサービスを提供していなければ利用できない。これは法律の問題ではなく、採算の問題に過ぎない*6

また、Cablevision はタイムシフトしかしない。Cablevision が「ネットを通じて見たいから海外からでも契約させてくれ」という声に応えてくれるなら別だが、サービス地域を調べる限り、日本からは利用できないようだ。それどころか、契約者のセットトップボックスに配信されるだけのもので、「セットトップボックスを持ち歩けばアメリカ国内ならどこでも視聴できる」サービスですらないようだ*7タイムシフトという意味では、日本では「選撮見録」があったけれど、これもコンテンツ供給者とタイムシフトサービスに金銭的なつながりがあるわけではない。

少なくとも私は、アメリカにおいて「テレビの地上波を国を超えてネット経由で視聴できるようなサービスを、放送局の制御外で運営している例」は見つけられていない。当たり前だが放送局が自ら配信に乗り出しているものは別だ。そして、アメリカだって日本だって IP ベースの地域制限をかけている/かけていない例はある。いずれにしろ「まったくない」ことを証明するのは難しいのだが、そうしたサービスが「ある」というなら教えてもらえないだろうか。もっとも、ごく小規模に運営されている例があるとしても、それは「合法に運営されている例」としては認めにくいのだが。

ビジネス判断として

見逃したり、後から評判を聞いた番組を見たくなることは私自身でもあるのだけれど、テレビ局にとって、それに応えることはどれほどのメリットがあるだろうと考えると、なかなか難しい気もする。とくに、日本は、放送局が音楽利用の包括契約があり、映画のテーマ曲を併記でバラエティやドラマのBGMとして使うケースも多く、こういうものは放送以外での二次使用が難しいだろう。もちろん最初から二次使用を想定しておけばよいのだが、、NHKオンデマンドがやっている見逃し番組サービスなどの現状を見る限りテレビ局がネット利用のためにコストや手間をかけたがらないのは、ビジネス判断としては当然のような気がする。

もちろん、テレビ局はビジネス面ばかりでなく“公共性”も必要とされているのだが、その点では著作権や肖像権があまり絡まないニュース配信などはけっこうある。しかし、「ビジネス的な利点がある」ことを説得材料にして、ネットコンテンツを推進せよと理解してもらうのは難しい印象が強い。そうでなくても、ネット視聴時間や録画におけるCMスキップなどを想定して現実的な利益を計算すると、相当悲惨な数字しか出そうにない。「いや、私ならタイムシフトなどの録画視聴分までコマーシャル料金をきっちり集めてみせますよ」と言って“実行できる”人がいたら、それこそ弁護士なんかやっているよりも、ずっと高給で雇ってもらえる気はするのだけれど。

余談

かつてヤオハンが、日本のテレビ番組を勝手に録画してレンタルしていたことがある。もちろん、日本のテレビ局は著作権侵害だと怒っていたわけだが、とある雑誌の記事には、デーブ・スペクター氏が「テレビ局は禁止することばかり考えるんじゃなくて、柔軟に対応してもらいたい」と言っていた記憶がある。アメリカ版「まねきTV」を作ってテレビ局に問題視されても、ABCについては彼に説得を頼めるんじゃないかな:-p

*1:冗談です、念のため。

*2:クラウドDVRは合法サービス - 米最高裁がハリウッドの訴え棄却」。

*3:例として iTSCOMオンデマンド

*4:すべての番組がタイムシフトできるわけではない。また、日本でも地上波の区域外再配信が問題視されることはある。wikipedia の「区域外再配信」を参照。

*5:アメリカはケーブルテレビが普及しているので、相対的にそういう地域は少ないだろう。

*6:突っ込まれる前に補足しておくと、同時再配信でないものは“放送”にならず、音楽利用の包括契約などが無効になるから、二次使用の権利処理がなされていない番組はタイムシフトの対象にならないだろう。それも採算の問題に帰着するであろうというのは別記のとおり。

*7:そもそも、アメリカでは主要テレビ局が局自身で全国をカバーするのに対して、日本ではキー局と地方局は提携して番組配信されるという仕組みの違いもあるので、プレースシフトの意味も変わってくる。