BOOKSCANについての雑感

手持ちの書籍を1冊100円でスキャンしてPDF化するBOOKSCANが話題だ。4月下旬からサービスを開始すると予告されているので、間もなく受け付けも始まるのだろう。どうあるべきかという問題を別にすれば、専門家が著作権法の私的複製にあたらない(=アウト)と指摘していること、雑誌のスキャンデータ販売を行おうとしていたコルシカがほどなくサービスを終了したこと、かつてライブドアがやろうとしていた「CD→MP3」変換サービスもすぐにサービス停止に至ったことを思うと、先行きが明るいとは言えない。だが、BOOKSCAN側にもいくらか反論の余地があるのではないかと思う*1

書籍ビジネスに損害はあるか

漫画家の須賀原洋行氏が明確な反対意見を表明しているのだが、それはどうやら無料で書籍データが流通することへの懸念のようだ。しかし、BOOKSCANはそういうサービスではない。自分の手持ちの書籍をデータ化するだけで、利用者がネットに流すのでなければ何も損害を与えることはない。コルシカの問題は、著作権法の私的複製にあたらないというだけでなく、「本当に売れた数だけ雑誌の販売としてカウントするのか」を疑問視された点もある。

BOOKSCANは、送った書籍は裁断してスキャンされた後に破棄される。また、書籍に書き込みがあれば、そのままスキャンされることになっているので、「同じ書籍データが使いまわされる」こともない。著作権法上は複製だが、実質的には印刷物からデジタルデータへの“型変換”にすぎないサービスだ。それがどれだけ書籍ビジネスに影響するかというと、かなり限定的であると思う。私は、コンテンツのマルチユースビジネス*2を否定しないが、スキャンデータは電子書籍ビジネスと競合するだろうか。スキャン結果はイメージにすぎず、せいぜいオプションで自動OCRがかけられる程度である。コミック系の書籍では影響するかもしれないが、それでも「手元に書籍として持っていたものを、改めて電子書籍として購入する」可能性が減る程度だ。むしろ読者の手元にある書籍がスキャンされれば、ブックオフのような古本屋に二束三文で売り払われ、購入されていくという、著者には何の収入もない流通ルートに流れなくなる

損害が発生するとしたら、スキャンデータが無断でネットに流れる場合だ。だが、先のエントリにも書いたとおり、そのような不正流通でコンテンツを入手する人の割合は、それほど高いわけではない。だから不正流通を問題視しない、ということではないが、合法ビジネスであるブックオフ売上規模400億円)の方がビジネスへの影響は大きいのではないか。私は「損害がなければ問題ない」という立場をとらないが、書籍ビジネスへの影響は極めて軽微なものだと思う。

グーグル・ブック検索との比較

出版社には出版権があるので、BOOKSCANが権利を侵害するとなれば、差止めを請求できるだろう*3。しかし、権利を侵害しているものすべてを差止請求しているわけではない。典型的な例がグーグルのブック検索である。

米国での和解案で話題になったように、ブック検索でスキャンされているものは著作権が切れたものばかりではない。日本で販売中のものでさえ、スキャンされているものがある。とくに許諾がなければ、公開しているのはスキャンしたデータの一部(上限20%)だが、スキャンしているのは書籍全体である。これを無許諾複製と言わずして何というのだろうか。もちろん、グーグルには日本法人があり、日本語で日本向けのサービスを提供しているのだから、当然、日本の著作権法が適用される*4

形式的には許諾も得ずに勝手にスキャンしたものを、たとえ一部とはいえ公衆送信しているのだから、BOOKSCANよりも、ずっと影響範囲は大きい。にもかかわらず、出版社も著者もブック検索については何もしていない。それどころか、大手の出版社は、米国で和解案が公表され、全文公開されそうになったときでさえ、「日本の出版社には介入する権利が何もない」と言い切っていた。しかも、ブック検索は、スキャンする書籍への対価すら払っておらず、提携した図書館の蔵書をスキャンしているだけだ。それを差し置いて、利用者が購入した書籍を自分のためだけにスキャンするサービスが文句を言われる筋合いがあるだろうか

BOOKSCANに求める改善点

BOOKSCANが継続的にサービスを提供するために、いくつか改善してほしい点がある。まず、「著作権に関して」で、利用者に以下の条件を課している点だ。

2.BOOKSCANへご依頼頂いたものは、著作権法に基づき、著作権保有者の許可があるものとして判断させて頂きます。許可がないものは、ご遠慮頂くか、ご自身でスキャンしてください。

これは、草の根LANサービスのFONが利用者に課している条件に似ている。

FON ソーシャル・ルーター」または「FON ソフトウェア」と互換性のあるルーターを入手し、(ii) 「Fonero」との帯域のシェアを許可する契約を「ISP」と締結する必要があります。
※「FON利用規約」より

だが、FONの利用者で、実際にISPと契約を結んでいる人がいるだろうか? 利用者に責任を押しつけなければ自らがリスクを負ってしまう立場を理解しないわけではないが、あまりに不条理な制限は設けても免責にならないばかりか、かえってサービスの正当性を説明しにくくなるように思う。法的な解釈はともかく、利用者の代行作業にすぎない、という立場でサービスを提供する方がよいのではないだろうか。

また、スキャン結果のPDFは、おそらく「そのまま」利用者にメール送信されるのだろうが、利用者を識別するID(名前やハンドル名に類するもの)などをPDFのプロファイルとして保存してはどうだろうか。米国の音楽配信DRMフリーになってきているが、配信された楽曲データには個人を特定するIDが埋め込まれている。そのように個人を特定できるようになっていれば、楽曲データがネットに流通しても誰が発信元なのかわかるし、安易にネットへ流通させることを防げるからだ。「そんなIDを埋め込んでも消されてしまったらおしまい」というのは確かだが、「カジュアルコピー」を防ぐことは効果があるだろうし、権利者側への有効な配慮になると思う。

権利者側も合意点を探るべき

権利者側にしてみれば、BOOKSCANは古書店への流通を防止してくれるという、どちらかというと後ろ向きのメリットを除けば、BOOKSCANを容認することに積極的なビジネスメリットを感じられないかもしれない。ブック検索のように、「部分的な公開だからこそ、評価して購入する動機になる」とも言いにくい。しかし、BOOKSCANのようなサービスを利用したい人は、書籍が好きで部屋が本に埋もれているような出版社で働く編集者や、書籍を執筆する著者にこそ多いのではないかとも推察する。

BOOKSCANは、著作権法上の問題はあっても、実質的なビジネスとして問題があるとは思えない。むしろ、これとは別の「法的な問題がないが、実質的な問題がある」ビジネスを懸念すべきではないだろうか。たとえば、ブックオフマンガ喫茶、ネットカフェのようなところが、最初からスキャンしやすいように漫画を裁断しておき(もちろん、ひとつにまとめておく)、利用者がUSBメモリにでも保存しやすいように、ドキュメントスキャナとパソコンを置いておく、というサービスが考えられる。店側は何もせず、操作をすべてユーザーに任せるとしたら違法性があるだろうか。

レンタルレコードの時代に、店頭にレコード→カセットテープへのダビング装置を置く業者がいたため、「公衆用自動複製装置」による複製は私的複製が適用されないことになった(第30条第1項第1号)。しかし、これではコンビニのコピー機による複製が違法になってしまうので、経過措置として文書や図画用の複製機は(当分の間、とはされているものの)対象としないことにしているのだ(附則第5条の2)。だから現状では合法であるはずだ。法律を変えて、店が複製素材を提供する場合を除外するとしても、パチンコの三店方式のように、「貸本屋」と「複製装置屋」を分離すれば、いずれも合法だから回避できてしまう。コンビニのコピー機を含め、すべての公衆用複製装置を禁止することは非現実的だろう。

そうした極端な事例を排除するためには「フェアユース」の導入が適していると思うが*5、それはBOOKSCANの強い味方になるだろう。であれば、今から著作権法上の問題があるからとBOOKSCANを追い詰めない方がよいのではないか。そこをあせると、著作権法上の問題がないからと著作権者側も追い詰められてしまうケースだって(理論上は)あるのだ*6

重大な懸念

色々書いてみたが、一番の懸念はBOOKSCANのサービスそのものだ。何しろ1冊100円のサービスである。駄菓子屋のように「置いてあるものを売る」わけではなく、それなりの手間がかかるものだ。スキャンされていないページがあるとか、データが大きすぎて配信できないといったトラブルがほんの数件でも発生すれば、それだけでサービスの遅延をまねく。

運営者のツイートによれば、

OCR、ファイル名変更なしであれば、現状1日500冊ほどはいけると思います。

とのことだが、これだと小飼弾氏が「蔵書をスキャンしてくれ」というだけで2カ月もかかってしまう。機械は増やしても人は増やさないそうだが、本当にサービスを継続できるのだろうか。という著作権とはまったく関係のない部分が一番気になる今日この頃である。

*1:ここで、利用者の自由は憲法で保証されている、などということを持ち出すつもりはない。

*2:ひとつのコンテンツを複数のメディア形式やルートで販売するビジネス。

*3:実際には、裁判を起こす前に直接「やめてくれ」という話をするだろう。コルシカも、ライブドアも、裁判の結果ではなく、自主的なサービス停止である。

*4:もし、グーグル日本法人が「ブック検索は米国のサービスで、日本法人は無関係であり、日本の著作権法の適用は受けません」と答えるのなら、それはそれで面白い議論ができそうではあるのだが

*5:フェアでないものは切り捨てるという意味も含めて。2010/4/21追記。

*6:もっとも、現状では権利者側からの目立った動きがないようにも見える。