「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」にツッコんでみる

以下では、「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」のテレビシリーズ、劇場版双方の【重大なネタバレ】を含んでいます。また、原作小説は読んでいません。あらかじめ、ご了承ください。

一応お断りしておくと、基本的には良作だと思っています。実のところ、ヴァイオレットの天然っぷりが性に合わないとか色々あるのですが、テレビシリーズのエピソードを絶妙に劇場版につながっていて、それをもってテレビシリーズを知らない初見の人にも、おおまかな設定が理解できるようになっているのだと、先日気付きました。ただ、「感動作」といわれる本編よりも、事件以降、京都アニメーションが前に進むため、全員でヴァイオレットに取り組んできたこと。そして、遅れてようやく上映にこぎつけられそうというところでの新型コロナという不運に見舞われ、京都アニメーションのどの作品よりも時間をかけることになったという経緯こそ、心穏やかには鑑賞できないという面があります。しかし、この「劇場版」、どうにも気になるところがあるので、ちょっと書き残しておこうと思います。










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VioletEvergarden










気になるところと言っても、おばあちゃんの大事な手紙を風に飛ばしてぼーっとしてるなよとか、ヴァイオレットは郵便社に入った頃におそらく14歳だったというなら、戦争当時はそれより若かったわけで、そんな子供に愛を語るとか少佐は普通にロリコンなんじゃないかとか、ユリスからの依頼が郵便社を通していないなら闇営業になるんじゃないかとか、そもそもあの義手の謎技術をヴァイオレットが使えて少佐は使えなかったのはなぜかとか、そういうことではありません。まあ、ロリコン疑惑はテレビシリーズに心からのめりこめない一因ではあったのですが、そこは今回の本題ではありません。

劇場版の冒頭で亡くなっているデイジーのおばあちゃん(アン・マグノリア)は、テレビシリーズ10話に出てきた子供です。アンが8歳になる前に母親(デイジーの曾祖母、クラーラ・マグノリア)が若くして病死するけれど、その死後50年にわたって誕生日に渡す手紙を書き残す、というのが10話のあらすじです。すべての中でも最高のエピソードで、劇場版にうまくつながれていましたが、つまりアンは8歳から57歳まで手紙を受け取っているわけです。

10話のエンディングでは、アンは18歳のときに告白されたらしく、さらに20歳のときに子供ができたことが示されています。この子供がデイジー母(名前は不明)でしょう。兄弟姉妹がいた描写はないですし、アンとデイジー母だけで仲良く写真に収まっていますから、デイジー母は一人っ子だったと思われます。デイジーも一人っ子のようですが、さて、デイジー母は何歳でデイジーを生んだのでしょうか。ヴァイオレットの時代とデイジーの時代で何年ほどの差があるか分からないのですが、およそ60年という考察を見かけました。どこかで言及されているのでしょうか。もし、そうだとすると、アンが8歳(以下)というのがヴァイオレットの時代ですから、アンが68歳になっているのがデイジーの時代です。そうなるとデイジー母は48歳、デイジーが何歳か分からないですが、20歳だとすると11年前(つまり9歳のとき)までは、アンは手紙を受け取っていたことになります。

アンは、デイジー母(およびデイジー父)には手紙のことを話していたわけですが、デイジーには話をしなかったのでしょうか。デイジーは、おばちゃんが死んだときに手紙のことを初めて知った、みたいな流れになっていましたが、9歳くらいだと物心がつくどころではなく色々覚えているものです。少しくらい年齢はずれるかもしれませんが、この時代背景で30歳を超えた高齢出産ということもなさそうな気がします。それこそヴァイオレットとデイジーの年代差がもっと少なければ、つい最近まで手紙が届いていたはずです。「すぐに誰もいなくなったら、おばあちゃんかわいそう」と言うほど、おばあちゃんっ子っぽい描写があるのに、なんで今まで知らされていなかったのか、という気になります。

そもそも50年間手紙を送り続けていたC.H郵便社は、いつドール(代筆業)をやめたのでしょう。代筆業をやめても、引き継いだ会社が義務として手紙を送り続けたということはあるかもしれませんが、ヴァイオレットが18歳でライデンを去った頃から高々60年程度しか経っていないのなら「当時の人はこの世に誰も残っていない」という状況ではなさそうです。なにしろ博物館で案内していた人は、ヴァイオレットが郵便社に来た時(1話、ヴァイオレットは14歳くらい)に受付をしていた人(ネリネ)です。デイジーが最後に立ち寄った郵便局も「昔はドールが……」と語っていましたが、そもそもヴァイオレットは亡くなっていて当然のような昔の人、ということはなさそうです。少佐とヴァイオレットの間に子供はできなかったのか、というのも気になります。もちろん、あの場に年を取ったヴァイオレットが出てきたら興醒めでしょうけれど。

2020/11/22追記
2020/11/12に「スタッフトーク付き上映会」に参加することができ、その際に何度か「60年後」という言葉が聞かれました。ヴァイオレットの時代とデイジーの時代は60年の差があるというのが公式設定のようです。

2020/11/26追記
10回鑑賞記念で、もう少しツッコんでおきます。
エカルテ島で迎えた朝、平和な島のようすが描写されていますが、その中に小さな赤ん坊を背負ったお母さんがいます。年よりと女と子供を残して男は皆戦争から帰ってこなかったのなら、その子のお父さんは誰?
エカルテ島で嵐の夜に帰ろうとするヴァイオレットは「朝にならないと船も出ない」と言われます。ということは朝には船が出るのに、ヴァイオレットたちが帰るために乗った船は夕方の出発。前夜は一刻も早く帰ろうとしていたはずなのに、結局、観光してたってことですかね。そもそも宿もない島に、1日2便(以上)も、あんな大きな船が立ち寄るんですね。
そして、ヴァイオレットたちの乗った船が出発した後に登場するディートフリート大佐。あの時間より遅い時間にも帰る船があるんでしょうか。それともギルベルトの家に泊めてもらうつもりだったのでしょうか。でも、船から戻ってきたヴァイオレットが泊まるなら、完全にお邪魔虫ですよね。

新型コロナ:インフルエンザとの比較、現状

WHOがパンデミック宣言を出してから半年以上が過ぎ、感染者数は3500万人、死者数は100万人を超えました。これだけでもインフルエンザと同列扱いできないことは明らかですが、これらはあくまでも確認されている人数です。WHOは「世界人口の1割が感染」と報告しており、残りの人たちは依然感染のリスクにさらされています。新型コロナに関する情報については、忽那賢志医師が様々な情報を丁寧に解説されているので、そちらを読んでもらえばよいでしょう。

ほとんどの人は、もうここには来ていないでしょうが、「新型コロナ: 「インフルエンザでも人は死ぬ」との比較」を批判して、「インフルエンザと同じようなものだ」と無責任に書き散らかしていた人たちは、深く反省してもらいたいものです。いまなお現実を直視せず、インフルエンザと同じ対応でいいと言っている人もいるようですが、目をあけながら寝言を言っているようなものですね。バカの相手をする暇がないわけではないのですが、その対応に無駄な労力を割く気力はわきません。

もし、何年も前にこの未来、つまり現状が予測できたとしたら、感染対策のための施設を用意したり、医療や検査の体制を準備しておくことはできたでしょう。しかし、韓国や台湾と違ってそうした準備はできていませんでした。災害に対する準備とは、平時では無駄そのものです。日本は無駄を省けとばかり“効率化”を進めてきました。昨年の今ごろは使われていない地域医療を統合しようとさえしていました

実際の日本は、ウイルスへの準備がない中で対策を進めなければなりませんでした。新型コロナに対しては、これまで「イベントの自粛要請」「学校の一斉休校」「不要不急の外出自粛要請」「帰国・入国の制限」「緊急事態宣言(7都府県→全国)」「3密回避など新しい生活様式」「マスク全世帯配布」といった、さまざまな対策がなされてきました。もし、半年前に半年先の未来を予知できたとしたら、人々はどういう選択を好んだでしょうか。どこか他に「日本が見習うべきだった国」があったでしょうか。

感染対策を日本以上にうまくやってきた国には、台湾、韓国、中国、ニュージーランドなどがあります。これらの国は罰則付きの規制をかけて対策してきました。先日見たテレビでは、中国で3密回避すらせずに観光地がにぎわっているようすが放送されていました。それを見て日本も対策が必要ないと言っている人も見かけるのですが、これらの国ではクラスターが発生すれば、発生した地域を封鎖するという対策を取っています。感染とは確率であり、3密回避をはじめとする「新たな生活様式」は確率を下げる行動に他なりません。あらかじめ感染者数を減らしておくことと、メリハリのある対応で効率的に感染対策しているということです。

しかし、“自由を重んじる日本”では、そうした罰則規定を設けようという話は成立しそうにありません。緊急事態宣言も延長した期間を少しばかり早めに切り上げることになりました。上記の国ほどには感染を抑え込まず、緩い対策を維持しているせいで、効率の悪い対策を続けているという状況です。私は同調圧力に頼ったり、自警団なんかに出しゃばらせることなく、ちゃんと規制する方が“平等”だと思うのですが、人々はそういう厳しい規制を望んではいないようです。であれば“これが精いっぱい”としか言えません。

一方、他の欧米諸国を真似た方がよかったという話にはならないでしょう。たとえば、ノーガード戦法だったスウェーデンは日本人口への単純換算で7万人死亡しました。“それが分かっていて”真似ようと思う人はわずかでしょう。そもそも日本は有効性が実証されている子宮頸がんなどのワクチンですら、小さな副作用のせいで接種が進まない国です。「少しばかり感染リスクがあってもかまわない」という考え方に社会的合意が得られるとは思えません。ところでスウェーデンは、死者数が落ち着いたとはいえ、最近1週間の感染者数は2283人(日本人口への単純換算で2.7万人)も増えています。さらに、このところは増加傾向にあります。集団免疫を獲得したという話は何だったのでしょうね。

規制を解除したせいで感染が再拡大しているフランスやスペインでは、感染地域での再規制がはじまっています。イギリスも再規制している地域があります。先進国で「経済をまわすためには対策なんかしなくてよい」と思っているのは少数派です。その筆頭であるアメリカでは大統領が感染して行政が滞りました。当人が他人への感染リスクをものともせず3日で退院したのは驚きです。ブラジルと仲良くできそうですけれどね。

さて、インフルエンザの時期に入りつつある今、新たな情報を参考にできます。厚生労働省の「インフルエンザに関する報道発表資料 2020/2021シーズン」を見ると、インフルエンザの感染者数は次のようになっています。

2019年 2020年
1 3,813 3
2 5,738 4
3 5,716 4
4 4,543 7
5 4,889 7

まだ、本格的な感染時期ではないものの、新型コロナもインフルエンザも飛沫感染するものであり、新型コロナへの感染対策はインフルエンザにも効果があるでしょう。昨年同時期と比べると、インフルエンザの感染者数は3~4桁もの違いがあります。新型コロナとインフルエンザの感染リスクの比較は、今年の感染者数でこそ正当に比較できます。もし、たいした感染対策を取らずに(昨年のように)インフルエンザの感染者数が何十倍、何百倍にもなるというのであれば、新型コロナの感染者数も同じように桁違いに増える可能性がある、ということになります。“今、確認されている人数が少ない”ことは対策を取らずに少ない人数で済んでいた、ということにはなりません。それとも「感染対策など意味はない」という人は、今年も去年と同じくらいインフルエンザの感染者数が増えると主張するのでしょうか。

10月8日からは韓国との間でビジネス目的の渡航が再開します。もし、「インフルエンザと同じ」扱いをしていて感染の蔓延を防いでいなかったら、そうしたことも先送りされていたでしょう。常識のある人ならこういう説明も要らないと思いますし、逆に常識を持たず結論ありきで理屈をこじつける人には、まともな説明をしたところで聞いてはもらえないのでしょう。バカの相手をする暇はあっても、馬の耳に念仏を唱えたり、糠に釘を打ったりする気にはなかなかなりません。

※2020/10/9追記。インフルエンザ感染者数(第5週)の数値を追加しました。

オルタナティブブログのコメントについて

14年前に参加したオルタナティブブログですが、今月からコメント機能が無効化され、過去のコメントについても非表示という対応になりました。私にとっては突然の出来事だったのですが、それは運営の情報交換を見ていなかったためで、半年ほど前にGDPRへの配慮などを含め検討&決定されていたようです。事情が事情だけに私のブログのみ個別対応していただくこともできません。

とはいえ、6月末まで新型コロナについて活発なコメントの投稿があり、中にはさまざまな調査結果を報告いただいていたものがあり、非表示になったままということは避けたいと考えました。そこで、とりあえず今年の投稿分について「はてなブログ」にコピーしました。「はてなブログ」ではアカウントの登録は必要ですが、コメントもできます。また、各ブログの過去のコメントは archive.org から抜き出し、個人のサイトに抜き出しました。archive.org に残っていなかった分については管理画面から抜き出して追加しています。それぞれのトピックの冒頭に過去コメントへのリンクが掲載されています。

管理画面から抜き出したコメントについては、投稿日のみで時間が記載されておらず、URLがリンク化されていません。個人的な都合で申し訳ありませんが、明日からしばらく出張するため「今はこれが精いっぱい」ということでご了承ください。

新型コロナ:孤立するスウェーデン

月末にスウェーデンについての記事を書こうと決めていたわけでもありませんし、すでに別記事のコメントに書いたことばかりですが、スウェーデンの現状についてまとめておきます。なお、6/19~21は夏至祭というお祭りがあったせいか3日間連続でWHOへの報告がゼロだったのを後から補正したり、同じようなことを6/27~28の週末でもやっているようなので、以下、情報源の違いによって数字のズレが生じていることをお断りしておきます。

スウェーデンの感染状況
まず、前回の記事で取り上げた感染状況についての最新情報をグラフでまとめます。スウェーデン全体の感染者については、今月に入ってから明らかに増えました。第23週の報告(速報版)の冒頭を機械翻訳で読み取ると、「3/13から入院が必要な人だけを検査していたが、5/5から症状のある人を検査するようになり、23週目からは保健所経由になった。基準が変わっているから単純比較してはいけない」と書かれているようですから、そのせいではあるのでしょう。しかし、6月に入ってからも減少傾向にはありません

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ヨーロッパで感染者の多かった国と人口当たりの新規感染者数を比較しても、スウェーデンだけが感染を抑え込めていないことは明らかです。

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※6/15と22の急減・急増は上記の休暇と補正のせいです。

そもそも抑え込もうとしていないのですから当然の結果ですが、WHOはヨーロッパ地域で感染が拡大している11カ国のひとつとしてスウェーデンを挙げています。これは、OECD加盟国としても、EU加盟国としても唯一の国です。

4月末に書いた記事は、もともと感染対策リーダーのテグネル氏が首都ストックホルムで集団免疫の見通しを示したことがきっかけでしたが、そのストックホルムでも感染はおさまっていません

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もちろん、他の地域でも感染がおさまっているわけではありません。

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なお、感染者数が増加しているのに対して、死者数は減少しています。

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しかし、これは致死率の高い高齢者の感染が減ってきたためで(第25週の報告、p.7のFigur 2.を抜粋)、感染者数が減っているわけではありません。このまま減り続けるかどうかも分かりません。

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■孤立するスウェーデン
感染を抑え込むような自粛をしないことで経済が守られているなら、まだいいのですが、そうでもありません。前回の記事では、スウェーデン経済の見通しが決して明るくないことや北欧の隣国から国境開放を拒否されたり、観光客の受け入れを再開するギリシャから除外されていることを取り上げましたが、さらにEU域内での国境開放からもイギリスとともに除外されているようです。

この記事では「死亡率が高い英国とスウェーデン」という書かれ方になっていますが、人口当たりの死亡者数はベルギーがもっとも高く、フランスやイタリアもイギリスより高いことに注意してください。上記のヨーロッパ主要国における新規感染者の推移を見れば分かるとおり、イギリスは感染者の抑え込みが他国に比べて遅れていたのです。「イギリスはEUを離脱してるからじゃないのか」という声も聞こえてきそうですが、今年いっぱいは移行期間としてEU加盟国の立場が守られることになっていますし、そのイギリスも最近では感染者を抑え込んできましたから、このまま抑え込みが続けば(移行期間のうちは)交流再開の可能性もあるでしょう。しかし、スウェーデンは方針を変えない限り、拒否され続けるのではないでしょうか

EU渡航制限はEU域外に向けても解除する方向で調整が進んでいます。その中には日本をはじめ中国や韓国など、感染を抑え込んだ国が含まれています。一方、アメリカやロシアなど、いまだ感染を抑え込めていない国は含まれていません。

もし、日本がスウェーデンのマネをしていたら、そうした交流の対象に入れてもらえなかったでしょう。スウェーデンを持ち上げる人たちは経済面を強調していることが多いのですが、日本はそうした国際交流から除外されて経済的にやっていけると考えているのでしょうか。
経済、経済とうるさい人たちが「経済ダメージによる自殺者の増加」を煽っていたのも忘れられません。しかし、警察庁が公表している現在までの自殺者数を見る限り、2月以降の自殺者数は過去5年間のどの年よりも減っています

西浦博氏の「死者42万人予測」について「何もしなければ」という前提を抜かして「嘘だった」と批判する人たちは、「自粛により自殺者が増える」と煽ったことについて「実際に強い自粛があったのに自殺者が減った」という事実を振り返って反省できるのでしょうか。

新型コロナ:ファクターX

※2020/7/4更新。オルタナティブブログはコメント機能が無効化/非表示になりました→過去コメント

■ファクターXとは
日本では新型コロナの感染者数や死亡者数がについて欧米に比べて少ない、という事実があります。日本は検査数が少ないだけで実数は多いのだ、と主張する人もいましたが、厚生労働省が行った無策抽出による抗体検査の調査結果や、ソフトバンクが社内や関連企業向けに行った抗体検査の結果でも、検査キットや調査の精度が気になるくらいにしか陽性者はいませんでした。感染から数か月すると抗体が減り始めるという中国の研究はありましたが、日本での感染者が急増しはじめたのは3月下旬ですし、他国での抗体検査の結果と比較しても、もはや疑う余地はありません。

日本が、中国や韓国のようなプライバシーに踏み込んだ監視体制を取ることもなく、欧米より規制が緩やかだったのに、このような成功をおさめられた理由について、山中伸弥氏が「ファクターX」と呼び、色々な候補を挙げられています。世界的に評価されている専門家が早くから対策を主導し、マスクや手洗いなど人々の公衆衛生意識が高かったこと、そもそも欧米のようなハグやキスといった生活習慣がないといったことは妥当な理由だと思います。一方、発端となった武漢で感染爆発が起きたことを思えば、人種やBCG接種などを(多少の影響があるとしても)大きな要因として考えることは難しいでしょう。

■対策が早かった
岩田健太郎氏は、ブログで「患者が少なかった。これが日本の対策がうまくいった最大の理由」と書かれています。ここだけ読むとトートロジーかと思う表現ですが、要するに早くから感染に気付いて対策したことで、感染者の増加を抑えられたということです。
日本でイベントの自粛要請が出された2月26日までの感染者数は164人です。この日にPerfumeEXILEのコンサートが中止されたように、この要請に応えて多くのイベントが中止されました。翌日には休校要請が出され、多くの学校は3月から休校しました。3月下旬には感染経路のたどれない弧発例が増え始め、緊急事態宣言こそ出ませんでしたが3月28日の首相会見以降、デパートや外食チェーンが休業しはじめました。この日までの感染者数は1499人です。その後、4月7日には一部で緊急事態宣言が発出され、その後全国に広げられました。

欧米でも、すべての国の感染状況がひどかったわけではありません。早くから感染被害が深刻だったイタリアをはじめ、スイスやフランス、ドイツ、イギリスなどでは、深刻な被害があった一方、少し離れた場所にあるギリシャや北欧は感染者が増える前から規制できたことで相対的には少ない被害で済んでいます。早くから感染が広まったイタリアでは、当初、行動制限しても人々が従ってくれないといった報道もありましたが、自国で感染が広がる前に他国の(悪い)状況を見ることで効果のある規制ができたということもあるでしょう。アメリカの状況が悪いのは、(トランプ大統領NSCパンデミックチームを解雇していたことはさておき)CDCが配布した検査キットが不良品で感染実態を掴めず対策が遅れた面が大きいでしょう。

日本が早々と自粛要請を出した背景には、まだ延期の決まっていなかった東京オリンピックの開催が危ぶまれていたこともあると思います。当時、ロンドン市長候補がオリンピックを東京で開催できないなら、代わりにロンドンで開くことができると訴えていたくらいです。場当たり的とも批判された対応でしたが、結果として早く対策する方が、早く感染を抑え込むことができたのは間違いありません。

なお、岩田氏のブログでは「ウイルスの突然変異」や「日本人に特有の免疫機構がある」ことなどに確証的なデータがないとされる一方で、「重症化リスク、死亡リスクに血栓形成が寄与している可能性は高い」とも書かれています。「動脈の病気も日本人などアジア人では欧米より少ない傾向」が人種の問題なのか、食習慣など外的要因によるものなのか分かりませんが、「新型コロナは「血管の病気」」という報道もありましたから、この影響はありそうです。ただ、最初に都市封鎖した武漢での人口百万人あたりの死者数が350人と欧米並になったことを思えば、放置しても大丈夫と言えるほどの効果はなさそうです。

厳しい規制をしていないスウェーデン(百万人あたり507人)より、ベルギー(同838人)の方が人口当たりの死亡者数が多いので、規制は逆効果なのだという人まで出てくる始末ですが、スウェーデンの中でも首都ストックホルムに限れば百万人あたりの死者数は920人にも及びます。岩田氏のブログにも書かれていた通り、規制と感染者増のペースが落ちるタイミングが何週間かずれるだけで規制に効果があるのは間違いありません。しかし、感染者が増えない理由を対策の早さだけに頼ることはできません。国全体で考えれば、スウェーデンよりベルギーの方が人口あたりの死亡者数は多いのは事実です。

■人口密度
ひとつのカギとなるのが人口密度です。別記事でも「田舎は感染者が増えにくい」として取り上げましたが、名古屋工業大学のグループがまとめた報告にも「人口密度が高い地域ほど流行が収束するまでの期間が長くなり、感染者や死者の数も増える傾向にある」とあるそうです。日本では「接触機会を8割減らす」ことが話題となりましたが、これはあくまで相対的な計算上の話であり、人々の接触機会は地域や職種で大きく異なります。もともと接触機会が多い地域の方が感染が広がりやすいというのは直観的にも理解できることです。日本で人口の11%しか占めない東京都が感染者の3割以上に及ぶのも、人口密度が高いなど接触機会の多い"大都市"であることと無関係ではないでしょう。

各国から報告される数字は、必ずしもすべての感染者をあらわしたものではありません。たとえば、スウェーデンの週報には「初期には入院が必要な人だけを検査し、5月5日からは症状のある人を検査するようになり、6月からは保健所経由で検査するようになった」とあります。国によっても検査基準は違いますし、死亡者が見逃されている国もあるでしょう。ですから、報告されている数字だけですべてを判断できない面はありますが、明らかに規制や人口密度だけでは説明できない"例外"があります。

シンガポールでは42313人の感染が確認されているのに死者は26人だけです(致死率=0.06%)。カタールでも感染者は88403人いるのに、死者数は99人です(致死率0.11%)。ベトナムの感染者が少ない(死者はゼロ)のは厳しい対策で感染者を抑制したためですが、あのウエステルダム号を受け入れたカンボジアは、一般的な衛生対策が推奨されただけで、外出制限のような厳しい規制が敷かれたわけではないのに、感染者は少なく死者はゼロです。カンボジアの医療が高いレベルにあるとは言えないでしょうが、検査をしていないわけではありません。worldometerの最新情報では32281件の検査をしています。

■高齢者の割合
理由として考えられるのが高齢者の割合です。すでに高齢者の致死率が高いことは分かっていますが、イタリアでは死者の96%が高血圧、糖尿病、心臓病といった基礎疾患を持っており、平均年齢は約80歳だったという報告もあります。本来なら基礎疾患のある人の割合の方がより適していると思いますが、そういう情報が分からなかったので、ここでは高齢者の方が基礎疾患のある人が多いだろうと予測して、人口当たりの死者数の多い順に高齢者(70歳以上)の占める割合を調べてみました。

 

死者数(*1) 70歳以上(*2)
ベルギー 838 13.8%
イギリス 628 13.7%
スペイン 606 14.8%
イタリア 573 17.5%
スウェーデン 507 15.1%
フランス 454 14.9%
アメリ 371 11.2%
オランダ 356 14.2%
アイルランド 348 9.9%
ペルー 249 5.6%

*1 人口百万人あたり
*2 国連の推定値(2020年)

感染者数が多いのに死者数の少ないシンガポールでは高齢者は7.3%です。そしてシンガポールで感染が広がったのは、狭い寮に住む外国人労働者であり、彼らの年齢が若いからこそ死者数が少ないと推察できます。カタールの高齢者率はわずか0.7%です。規制の緩いカンボジアも2.3%です。

また、押谷守氏によれば

ウイルス排出量が多い場合、他の人に感染させる可能性が高くなる。このウイルス排出量は「重症度ではなく年齢に関係する」と押谷教授は語る。

そうです。Lancetの記事でも

"Older age was correlated with higher viral load"
(年齢が高くなるほどウイルス量が増える)

とあります。つまり、高齢者の割合が少ないということは致死率の高い人が少ないだけでなく、感染力の高い人が少ないことになり、感染の広がる力が弱いと推察できます。もちろん、死者の平均年齢が80歳だからといって若い人が死なないわけでも、若い人だけなら感染しないというわけでもありません。規制緩和後の東京で、"夜の街"を中心に若い人の感染が増えているとも報じられています。

もともと日本は高齢者人口が21.8%とダントツに多いのですが、死者数は百万人あたり8人です。高齢者の割合が多い国は主に先進国ですし(スウェーデンを除いては)どこも何らかの規制をしています。つまり高齢者の割合が多くても規制によって感染を抑え込むことはできますが、高齢者人口の少ないところでは規制が弱くても感染が広まりにくいという傾向があるようです。

■未知のファクターX
スウェーデンを除けば、感染を抑え込むほど行動規制していない国は、ほとんど経済状況が規制を許さないところです。それでもブラジルの感染者数が多いのは、それだけ検査をしているということです(陽性率が44%にもなるので決して十分に検査されているわけではないでしょうが)。強く規制をしていなくて、検査をしていて、感染者が増えていないところは限られていて、そこには人口密度や高齢者率といった理由があります。そもそも各国の感染状況は規制の時期や内容に大きく左右されるため、"規制"を抜きにして感染を語ることはできません。そうしたものを除けば、感染を抑え込めるほどの「ファクターX」で確証が取れているものは今のところありません。

にもかかわらず、日本での結果だけを見て「日本は規制しなくても感染を抑える未知のファクターXがある」とか「規制は間違いだった」ということはできません。武漢で感染が広がったこと、ダイヤモンドプリンセスの状況を思えば、規制せずにやりすごせた可能性はありません。高齢者を引きこもらせて、人々が自主的に感染が広がらない行動しましょう、という緩いアプローチを取ったスウェーデンは、人口一千万人に対して死者5161人にもなり、日本人口に単純換算するだけでも死者6.3万人、年齢構成で重みづけすると10万人を超えることになります。もちろん、それを理解した上で、それでも「どれだけ人が死のうと経済を守ることが重要」と主張することはできますが、それが多数に支持されることはありません。そもそも感染を抑え込まなければ、国際交流が規制され続けることになり、経済再生が見込めない可能性が高くなります。

そろそろ現実を直視していい時期です。

Zoom.comは200万ドル

たまには、新型コロナに関係ない話題を取り上げましょう。もっともまったく無関係というわけでもありません。新型コロナ対策で急成長しているテレワーク市場で人気のZOOM(Zoom Video Communications Inc.)ですが、名前がそっくりの株式会社ズームの株価が急騰したという話題がありました。株式会社ズームのお問い合わせページには「当社はWEB会議サービスの「Zoomミーティング」とは何ら関係ありません。ご注意ください。」と呼びかけられていますが、ドメインが「zoom.co.jp」ですから誤解を招くのもしかたないかもしれません。ビデオ会議のZOOMの公式サイトは「zoom.us」ドメインが使われています。

実は、海外でも同じようなことが起きていました。"Zoom confusion leads SEC to halt trading for Chinese company"という記事によれば、ビデオ会議のZOOMが話題になり始めた3月下旬に、中国企業のZoom Technologiesの株が急騰し、アメリカの証券取引委員会が取引を停止したそうです。

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ここまでなら、「よく調べてから投資しなさいよ」という話なのですが、ちょっと調べてみると面白いことがわかりました。毎週、高額なドメイン取引のランキングを紹介しているDNJournalによれば、公開された取引ではないものの、Zoom Video Communications Inc.が2019年1月末までの会計年度でZoom.comを購入したことが確認できたそうです。実際、zoom.comにアクセスすると、zoom.usに誘導されます。報告書には"purchases of intangible assets of $2.0 million"(200万ドルの無形資産の購入)として計上されている部分は正確には$2,018,000であり、これは「200万ドル」という対価と、escrow.comの手数料17,800ドルのことだろうと推察されています。そして、zoom.comの過去の使用者を調べてみると、それが Zoom Technologies だったようなのです。

かつてMercury Interactiveが、Mercury.comというドメインをMercury Technologiesという会社から購入したことがありました。この時の価格は70万ドル(+40万ドル分のソフトウェア使用権など)ということでしたが、このように"使っているドメイン"を入手するのは、"とても高くつく"ことになります。もっとも、その Mercury.com も Mercury Interactive が HP に買収された後、別の会社に売却されたようです。